豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「あぁ~美味《うま》かった。で、何で鈴香は不機嫌なの? ご希望通り、焼き魚定食食べられたでしょ」
あれは、焼き魚定食ではない。
あれが焼き魚定食なら、巷の定食屋が泣き崩れるだろう。
連れて行かれた和食割烹。個室に通されて直ぐに出された料理の数々。硝子の器に盛られた凝った造りの先付けとサラリとした口当たりの日本酒。椀物、向こう付け、焼き物と続く美しい料理を眺め、心の中で呟いた。
どう見ても『会席料理』だろうがと。
料理はどれを食べても美味しかった。提供された日本酒もバッチリ好みだった。しかし、釈然としない。あれは焼き魚定食では決してない。焼き魚は出て来たが。
しかも、個室から見えるライトアップされた日本庭園とキラキラと輝く都心のビル群とのコントラストが見事で、言葉を失うほどに美しかった。
美味しい料理に、美しい日本庭園を持つワンランク上の和食割烹。何も知らずに彼氏に連れて来られたら、泣いて喜ぶ女性続出だろう。普通の恋人同士ならの話だが。
「あれは、焼き魚定食ではない。普通は焼きサバにご飯、味噌汁、漬け物でしょうが」
「そう? 最後にご飯も味噌汁も漬け物も出て来たじゃん」
ああ言えば、こう言う。
無意味な押し問答に嫌気がさし、あからさまなため息がついて出る。
「じゃあ、これで解散よね。ご飯も食べたし、お腹も満足。お酒も入って、お互い気持ちよく酔っている。ここら辺でお開きでいいんじゃないかしら」
「はぁ!? まだ、二十一時だけど。恋人の時間って言ったらこれからだろう? 少し歩くぞ」
繋いでいた手を引っ張られ、慌てて奴の後に続く。
「ちょっと! 一緒に行くなんて言ってない」
「うるせぇ。少し黙れ……」
それっきり言葉を発しなくなった奴に手を引かれ歩く。都心のビル群を横目に歩くこと数十分、オフィス街の真ん中にぽっかり空いた広場へと着いていた。オフィス街の静けさに、苛立った心が凪いでいく。
「綺麗……」
灯りの消えた真っ暗なビルの壁面に、キラキラと輝く真っ赤な東京タワーが写る。見る角度によって変わる光の渦《うず》は何とも幻想的で美しい。
静かな空間に一人、キラキラと輝く東京タワーを独り占め出来る贅沢は、ある種の高揚感を私に与えていた。
「綺麗だろ?」
「えぇ、本当に綺麗ね。ビルの狭間に、こんな素敵な場所があるなんて知らなかった」
「あぁ、俺もたまたま見つけた。こんな景色、オフィスの灯りが全て消える休日にしか見れない」
「確かにね。まばらに灯りが点いていたら、東京タワーを写す鏡にはならない」
キラキラと輝く東京タワーを見つめ、感嘆のため息を溢す。
「たまにさ、此処に来るんだ。この景色見てると嫌な事も全て忘れるって言うか。なんか色々、考えるのも馬鹿らしくなるっていうか。一人になって、ボーッと景色眺めていると無になれる」
無になれるか……
雑多な都会のど真ん中で現実を忘れ、無になれる場所などない。そんな所を見つけられたなら独り占めしたいと思うのが人間の性《さが》だろう。
何故、そんな特別な場所に私を連れて来た?
「どうして此処に連れて来たの? 貴方のお気に入りなんでしょ?」
「わからない。ただ、この景色をアンタに見せたいと思った。ただそれだけだよ」
心臓の鼓動が一つ、『トクンっ』と跳ね上がる。
私は暇つぶしのおもちゃではないの?
わからない……
写真をネタに脅し、思い通りに扱って、気まぐれに手を出す。
そこに愛情などない事は理解している。
飽きれば捨てるおもちゃでしかない私を、大切な場所に連れて来る意味なんてない。
そんな事は分かっている。だからこそ困惑してしまう。
彼の心意が見えない。
「……少しだけ、黙ってて」
顔を肩に埋め、背後からそっと抱き締められた腕を振り払うことだけは最後まで出来なかった。
あれは、焼き魚定食ではない。
あれが焼き魚定食なら、巷の定食屋が泣き崩れるだろう。
連れて行かれた和食割烹。個室に通されて直ぐに出された料理の数々。硝子の器に盛られた凝った造りの先付けとサラリとした口当たりの日本酒。椀物、向こう付け、焼き物と続く美しい料理を眺め、心の中で呟いた。
どう見ても『会席料理』だろうがと。
料理はどれを食べても美味しかった。提供された日本酒もバッチリ好みだった。しかし、釈然としない。あれは焼き魚定食では決してない。焼き魚は出て来たが。
しかも、個室から見えるライトアップされた日本庭園とキラキラと輝く都心のビル群とのコントラストが見事で、言葉を失うほどに美しかった。
美味しい料理に、美しい日本庭園を持つワンランク上の和食割烹。何も知らずに彼氏に連れて来られたら、泣いて喜ぶ女性続出だろう。普通の恋人同士ならの話だが。
「あれは、焼き魚定食ではない。普通は焼きサバにご飯、味噌汁、漬け物でしょうが」
「そう? 最後にご飯も味噌汁も漬け物も出て来たじゃん」
ああ言えば、こう言う。
無意味な押し問答に嫌気がさし、あからさまなため息がついて出る。
「じゃあ、これで解散よね。ご飯も食べたし、お腹も満足。お酒も入って、お互い気持ちよく酔っている。ここら辺でお開きでいいんじゃないかしら」
「はぁ!? まだ、二十一時だけど。恋人の時間って言ったらこれからだろう? 少し歩くぞ」
繋いでいた手を引っ張られ、慌てて奴の後に続く。
「ちょっと! 一緒に行くなんて言ってない」
「うるせぇ。少し黙れ……」
それっきり言葉を発しなくなった奴に手を引かれ歩く。都心のビル群を横目に歩くこと数十分、オフィス街の真ん中にぽっかり空いた広場へと着いていた。オフィス街の静けさに、苛立った心が凪いでいく。
「綺麗……」
灯りの消えた真っ暗なビルの壁面に、キラキラと輝く真っ赤な東京タワーが写る。見る角度によって変わる光の渦《うず》は何とも幻想的で美しい。
静かな空間に一人、キラキラと輝く東京タワーを独り占め出来る贅沢は、ある種の高揚感を私に与えていた。
「綺麗だろ?」
「えぇ、本当に綺麗ね。ビルの狭間に、こんな素敵な場所があるなんて知らなかった」
「あぁ、俺もたまたま見つけた。こんな景色、オフィスの灯りが全て消える休日にしか見れない」
「確かにね。まばらに灯りが点いていたら、東京タワーを写す鏡にはならない」
キラキラと輝く東京タワーを見つめ、感嘆のため息を溢す。
「たまにさ、此処に来るんだ。この景色見てると嫌な事も全て忘れるって言うか。なんか色々、考えるのも馬鹿らしくなるっていうか。一人になって、ボーッと景色眺めていると無になれる」
無になれるか……
雑多な都会のど真ん中で現実を忘れ、無になれる場所などない。そんな所を見つけられたなら独り占めしたいと思うのが人間の性《さが》だろう。
何故、そんな特別な場所に私を連れて来た?
「どうして此処に連れて来たの? 貴方のお気に入りなんでしょ?」
「わからない。ただ、この景色をアンタに見せたいと思った。ただそれだけだよ」
心臓の鼓動が一つ、『トクンっ』と跳ね上がる。
私は暇つぶしのおもちゃではないの?
わからない……
写真をネタに脅し、思い通りに扱って、気まぐれに手を出す。
そこに愛情などない事は理解している。
飽きれば捨てるおもちゃでしかない私を、大切な場所に連れて来る意味なんてない。
そんな事は分かっている。だからこそ困惑してしまう。
彼の心意が見えない。
「……少しだけ、黙ってて」
顔を肩に埋め、背後からそっと抱き締められた腕を振り払うことだけは最後まで出来なかった。