豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
逆鱗
なぜ、こんな所にまで来てしまったのか。
手に持ったハイボールをチビチビ飲みながら、目の前の光景を冷めた気持ちで見つめる。先ほどから、奴は両脇に美女を侍らせ楽しそうにお酒を飲んでいる。時折り、顔を見合わせ唇がくっ付きそうな程の至近距離で話をしているところを見ると、これが奴のクラブでの通常運転なのだろう。
あぁぁぁぁ、帰りたい。
そもそもの始まりは、奴の飲み仲間に街中で声をかけられた事だった。
素敵な景色を見て、余韻に浸りながら当てもなく歩いている時に数メートル先で手を振る男女の集団と出くわした。こちらへと歩いて来るのを無視することも出来ず、合流すればクラブに行くと言う。あれよあれよと奴に手を引かれ、私まで行くハメに陥っていた。
あの時に、無理矢理にでもコイツらに奴を押しつけ帰っていれば、こんな馬鹿げた狂乱に付き合わなくて済んだのに。
ガンガンと鳴り響く音楽と目にも鮮やかな光の矢が、脳に直接響き頭痛がしてくる。VIPルームと呼ばれる個室を一歩でも出たなら、爆音とチカチカする光と異様に甘ったるい香りに吐くだろう。
何とかして帰れないだろうか。
チラッと横目で奴を確認すれば、気に入った女とイチャついている。耳元で奴が何か話せば、女は嬉しそうに頷いている。それから数分後には、二人は連れ立ってVIPルームを出て行った。
居なくなった事だし、帰ろう。
「あの、お姉さん。次、お酒何頼みますか? 俺、取ってきますよ」
浮かしかけた腰を元に戻し、振り向けば金髪の男が隣に座っていた。クリっとした目元に、愛嬌ある笑顔が何とも可愛らしい。片耳にピアスがズラリと並ぶ様は今時のイケてる男子なのだろう。
先ほどから、お酒を取って来たり、タバコを買って来たり、甲斐甲斐しくお世話をしているところを見ると、メンバーの中では下っ端のようだ。
何だか犬みたい。
愛嬌たっぷりの仔犬を見ているみたいで何だか微笑ましい。
「ふふ、ふふふ……」
「えっ!? どうしました? 俺の顔になんか付いてますか??」
「違うの。なんか、可愛くって。ごめんなさいね」
「か、可愛い!? マジっすかぁ。それは無いですよ。男に可愛いは禁句ですって。それにこれでも二十歳過ぎてますから!」
「それもそうね。クラブに未成年は来れないものね、普通は」
「そうですよ。童顔だって、自分でも気にしているのに、わざわざ指摘しなくても」
拗《す》ねたように言われた言葉についつい笑みが溢れてしまう。
「ごめんなさいね。なんだか貴方見ていると癒されるって言うか……、荒んだ心がちょっと回復したわ。貴方も私の相手なんかいいから、可愛い女の子と踊って来たらいいのに」
「あぁぁ、俺はやめときます。後が怖いんで」
私を見張っておけとでも言われたかしらね。
此処での奴の振る舞いを見ていれば、誰がトップかなど直ぐにわかる。適当に話をして、トイレへ行くフリして逃げればいいだろう。
「今日はすみませんでした。真紘さんとデート中でしたよね? 無理矢理、誘っちゃったみたいで」
突然、ガバっと下げられた頭に困惑する。
「えっと……、まず、訂正しとくね。橘君とデート中だった訳じゃないわ」
「えっ!? 二人は恋人じゃない? 手を繋いでいたようなぁ?」
「気のせいじゃないかしら。橘君とは、同僚なの。会社の先輩と後輩よ。今日はたまたま一緒に食事をしていただけ。まぁ、お疲れさま会みたいなものね。あんなイケメンの彼が、年上のおばさんと付き合うわけないでしょ。もし、恋人同士なら、両脇に美女抱えてイチャつかないしね」
普通の精神を持ち合わせていればの話だが。
「それもそうですね。俺の知っている限り真紘さんに彼女がいた事なんてないし。じゃあ、お姉さんフリーなんですか?」
「えっ!? まぁ……」
今の状況が果たして本当にフリーと言い切れるかはさておき、目の前の彼の距離の詰め方に冷や汗が背を伝う。さっきまで、一人分空いていた彼とのスペースが既にない。
「じゃあ、俺と付き合ってください!」
「ちょちょちょっと待って! 私、貴方と数分前に初めて言葉を交わしたのよ!! 名前すら知らないのに、冗談も休み休み言ってちょうだい」
「冗談じゃないです! 俺、お姉さんに一目惚れしたんです。理想そのものって言うか、フラフラしている今時の女の子と違って、男前って言うか。じゃあ、まずデートしてくれませんか? 付き合うかどうかは、その後でもいいから」
キラッキラの瞳で見つめられ、サッと握られた手を見てギョッとする。
「ま、待って。そもそも、私は橘君の先輩であって、仮に私と付き合ったとしても貴方が気まずいでしょ。橘君との友達関係もギクシャクするかもしれない。だからね……」
握られた手をそっと外し立ち上がると、クラッと目眩がした。
やばい、飲み過ぎた。
普段であれば、あの程度の酒で酔うことはない。しかし、奴との過酷なデートで疲れきった身体には、わずかなアルコールでさえ毒だった。
「ごめんね。ちょっとレストルームへ行ってくるから」
手に持ったハイボールをチビチビ飲みながら、目の前の光景を冷めた気持ちで見つめる。先ほどから、奴は両脇に美女を侍らせ楽しそうにお酒を飲んでいる。時折り、顔を見合わせ唇がくっ付きそうな程の至近距離で話をしているところを見ると、これが奴のクラブでの通常運転なのだろう。
あぁぁぁぁ、帰りたい。
そもそもの始まりは、奴の飲み仲間に街中で声をかけられた事だった。
素敵な景色を見て、余韻に浸りながら当てもなく歩いている時に数メートル先で手を振る男女の集団と出くわした。こちらへと歩いて来るのを無視することも出来ず、合流すればクラブに行くと言う。あれよあれよと奴に手を引かれ、私まで行くハメに陥っていた。
あの時に、無理矢理にでもコイツらに奴を押しつけ帰っていれば、こんな馬鹿げた狂乱に付き合わなくて済んだのに。
ガンガンと鳴り響く音楽と目にも鮮やかな光の矢が、脳に直接響き頭痛がしてくる。VIPルームと呼ばれる個室を一歩でも出たなら、爆音とチカチカする光と異様に甘ったるい香りに吐くだろう。
何とかして帰れないだろうか。
チラッと横目で奴を確認すれば、気に入った女とイチャついている。耳元で奴が何か話せば、女は嬉しそうに頷いている。それから数分後には、二人は連れ立ってVIPルームを出て行った。
居なくなった事だし、帰ろう。
「あの、お姉さん。次、お酒何頼みますか? 俺、取ってきますよ」
浮かしかけた腰を元に戻し、振り向けば金髪の男が隣に座っていた。クリっとした目元に、愛嬌ある笑顔が何とも可愛らしい。片耳にピアスがズラリと並ぶ様は今時のイケてる男子なのだろう。
先ほどから、お酒を取って来たり、タバコを買って来たり、甲斐甲斐しくお世話をしているところを見ると、メンバーの中では下っ端のようだ。
何だか犬みたい。
愛嬌たっぷりの仔犬を見ているみたいで何だか微笑ましい。
「ふふ、ふふふ……」
「えっ!? どうしました? 俺の顔になんか付いてますか??」
「違うの。なんか、可愛くって。ごめんなさいね」
「か、可愛い!? マジっすかぁ。それは無いですよ。男に可愛いは禁句ですって。それにこれでも二十歳過ぎてますから!」
「それもそうね。クラブに未成年は来れないものね、普通は」
「そうですよ。童顔だって、自分でも気にしているのに、わざわざ指摘しなくても」
拗《す》ねたように言われた言葉についつい笑みが溢れてしまう。
「ごめんなさいね。なんだか貴方見ていると癒されるって言うか……、荒んだ心がちょっと回復したわ。貴方も私の相手なんかいいから、可愛い女の子と踊って来たらいいのに」
「あぁぁ、俺はやめときます。後が怖いんで」
私を見張っておけとでも言われたかしらね。
此処での奴の振る舞いを見ていれば、誰がトップかなど直ぐにわかる。適当に話をして、トイレへ行くフリして逃げればいいだろう。
「今日はすみませんでした。真紘さんとデート中でしたよね? 無理矢理、誘っちゃったみたいで」
突然、ガバっと下げられた頭に困惑する。
「えっと……、まず、訂正しとくね。橘君とデート中だった訳じゃないわ」
「えっ!? 二人は恋人じゃない? 手を繋いでいたようなぁ?」
「気のせいじゃないかしら。橘君とは、同僚なの。会社の先輩と後輩よ。今日はたまたま一緒に食事をしていただけ。まぁ、お疲れさま会みたいなものね。あんなイケメンの彼が、年上のおばさんと付き合うわけないでしょ。もし、恋人同士なら、両脇に美女抱えてイチャつかないしね」
普通の精神を持ち合わせていればの話だが。
「それもそうですね。俺の知っている限り真紘さんに彼女がいた事なんてないし。じゃあ、お姉さんフリーなんですか?」
「えっ!? まぁ……」
今の状況が果たして本当にフリーと言い切れるかはさておき、目の前の彼の距離の詰め方に冷や汗が背を伝う。さっきまで、一人分空いていた彼とのスペースが既にない。
「じゃあ、俺と付き合ってください!」
「ちょちょちょっと待って! 私、貴方と数分前に初めて言葉を交わしたのよ!! 名前すら知らないのに、冗談も休み休み言ってちょうだい」
「冗談じゃないです! 俺、お姉さんに一目惚れしたんです。理想そのものって言うか、フラフラしている今時の女の子と違って、男前って言うか。じゃあ、まずデートしてくれませんか? 付き合うかどうかは、その後でもいいから」
キラッキラの瞳で見つめられ、サッと握られた手を見てギョッとする。
「ま、待って。そもそも、私は橘君の先輩であって、仮に私と付き合ったとしても貴方が気まずいでしょ。橘君との友達関係もギクシャクするかもしれない。だからね……」
握られた手をそっと外し立ち上がると、クラッと目眩がした。
やばい、飲み過ぎた。
普段であれば、あの程度の酒で酔うことはない。しかし、奴との過酷なデートで疲れきった身体には、わずかなアルコールでさえ毒だった。
「ごめんね。ちょっとレストルームへ行ってくるから」