豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「やっぱり此処にいた」

 耳に心地良い少し低めの声に、グリーンノートとかすかに香るムスクの匂い、そして背中に回された腕の強さ。顔を見なくても、目の前の男が誰か分かってしまうくらいには、慣らされてしまった身体が恨めしい。

「貴方に構っていられるほど暇じゃないの。今日だけはお願いだから帰って」
「酷い顔をしている。何回も電話しても出ねぇし、今日の事もあったから、まだ会社かもって。仕事終わってないんだろう? データ寄越せ」
「はぁ!? 何言ってんの?」
「手伝うって言ってんの。一人でやるより、二人でやった方が効率がいいだろ」
「誰がアンタなんかに手伝って貰うもんですか!!」

 誰のせいでこうなったと思ってんのよ!
 気紛れに呼び出されて、悪戯に触られて、かと思えば普通の恋人同士がするようなデートをしてみたり。暇つぶしのおもちゃに、優しくなんてしないで欲しい。言動や行動に振り回され、気づいたら奴の事を考えている。こんなに心が乱されるなんて今までなかった。
 怒り、喜び、悲しみ、色々な感情に振り回されることもなかったのに。
 奴の腕に抱かれているのも嫌でめちゃくちゃに暴れる。

「落ち着けって。アンタが俺を嫌っているのも分かっている。ただ、ずっと具合が悪かったんじゃないのか? 朝から様子がおかしかった。そんな状態で仕事を続けた所でミスが増えるだけだ」
「貴方には関係ないでしょ!! 残業しているのも、私が初歩的なミスを冒したせいで、貴方が手伝う義理はない。自分のミスの尻拭いくらい自分でするわ! 具合が悪かろうと、効率が悪かろうが一人でやるわよ! だから、帰って!!!!」
「――俺の所為だろうが。最近、ずっと眠れていないだろ。メイクで隠しているけど、薄ら隈《くま》が見えている。アンタを脅して、気紛れに呼び出して、弄んでいる自覚はある。仕事に支障が出るほど追いつめるつもりはなかった。今さらだけど。ただ、アンタといる時間が楽しくて、心地良くて、気づいたらずっとアンタの事を考えているんだ。食事していても、寝ていても、仕事していても、四六時中思い出すのはアンタで。他の奴と遊んでいても楽しくないんだよ。だから、様子がおかしくなって行くのに気づいていながら、アンタを独占することを止められなかった。ごめん……」

 何よそれ……

「……身勝手過ぎる。私の事を四六時中考えていた? 一緒に居る時間が楽しくて独占したかった? 笑わせんな!!!! 貴方にとって私はいったい何なのよ。程のいいオモチャと一緒でしょうが!! 貴方の周りにいる都合の良い女達と変わらない。ただ違うのは、貴方に媚びへつらうか、しないかの違いだけ。物珍しかっただけでしょ。女にモテモテのお前に、反抗する女なんて、今までいなかったでしょうしね。私を独占したかったのも自尊心を満たしたいだけ。そこに愛情なんて一切ない。もう満足でしょ。私を解放して! もう、私の心を乱すのはやめて!!!!」

 渾身の力を込め奴を突き飛ばした反動で倒れそうになる。
 マズい……
 どうにか側の机に手をつくが、叫んだせいでフラつきが増す。頭の中でガンガンと鳴り響く拍動に痛みが増し、床がグニャグニャと波打ち、その場に崩折れてしまった。

「それだけは出来ない。身勝手だろうと鈴香を手放すなんて出来ない」

 存在を確かめるように抱き締められた腕の力が強まる。
 涙が溢れて止まらない。

「もぅ、いや……、私を解放して……」

 身体に感じた浮遊感を最後に、私の意識は暗転した。
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