豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
 優しいジャズが流れる店内は、適度に照明が落とされたテーブル席とバーテンダーが立つカウンター席に別れていた。カウンター席とテーブル席は、クリスタルで出来たカーテンのオブジェで仕切られ、個々の空間として独立した造りとなっている。
 イチャつくカップルで埋め尽くされたテーブル席が見えない造りは、カウンターの端に座る今の私には、単純に有り難かった。

「何飲みますか?」

 隣に座った彼に問いかけられるが、何も浮かばない。

「とにかく酔いたいの。強いお酒がいいわ」
「やめた方がいい。ヤケ酒なんて悪酔いするだけだ」
「貴方には関係ないでしょ。そうねウィスキーロックでちょうだい」

 親切にしてくれた人にも悪態しかつけない自分が嫌になる。

「……ごめんなさい」
「いえ……」

 それっきり沈黙が落ちる私達を気遣ってか、一杯のショートグラスが目の前に差し出された。

「メリーウィドーです」

 バーテンダーに声をかけられ、昔の事を想い出す。
 そういえば彼とも馴染みのバーによく通った。蘊蓄《うんちく》を話したがる彼から、二人でお酒を飲みながらカクテル言葉を教えてもらったっけ。
 お酒が好きだった彼に近づきたくて、色々とカクテル言葉を調べて覚えたものだ。
 苦い想い出に変わるのなんて一瞬だ。
 メリー・ウィドー……、もう一度素敵な恋をか。
 この先、恋なんて出来るのだろうか?
 ショートグラスに入った赤いカクテルが心に刺された矢から滴る血の様で胸がズキズキと痛む。
 もう恋なんてしない。
 一気に煽ったカクテルの味は、わからない。ただ焼けつくような喉の痛みが一瞬でも心の痛みを消し去ってくれる。
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