豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網

曇天の晴

 真っ黒な雲が立ち込める空を見上げ、今の私の心境と同じだとボンヤリと考える。
 今にも雨が降りそうな天候にも関わらず、橘はお散歩デートをやめるつもりはないらしい。
 目に留まったカフェで遅いブランチをとった後、宛てもなく歩き、路地裏に点々と建つお店に気まぐれに入る。洋服屋、雑貨屋、アクセサリーショップ、家具屋……、様々な形態のお店が建ち並ぶ界隈は、歩いているだけで目に楽しい。
 ずっと繋がれた手を見つめ思う。
 普通の恋人同士に見えるのかな?
 同居する前、二人で買い出しに行った時は手を繋がれることはなかった。あれから二週間、橘と私の関係は変わったのだろうか?
 変わったのは私の気持ち。
 昨晩散々考えた。何故、こんなにも橘に惹かれるのかと。
 元彼に襲われそうになっていたところを助けられたからなのか。体調が悪く倒れた私の代わりに仕事を徹夜で終わらせてくれたからなのか。クラブで襲われそうになった私を連れ出してくれたからなのか。
 いいや違う。始めから分かっていた。
 出会った瞬間に惹かれてしまったのだと。あの出逢いが、仕組まれたものだろうと関係なかった。
 深く傷ついた私の心に寄り添い、癒やしてくれたのは紛れもなく橘だった。その裏に悪意が潜んでいたとしても、あの瞬間、橘の優しさに救われた。
 あの陰のある優しい瞳に魅せられた。
 だから全てを知った後も、憎み切れなかった。騙されて、脅されて、弄ばれて、苦しめられて、泣かされても、嫌いになれなかった。
 出逢った瞬間に惹かれ、一緒に過ごした日々に囚われた。性格ドSで気まぐれなのに、時折り見せる優しさに絆される。
 本当、どうかしている。クズ男にばかり惹かれるなんて……
 しかも橘は七歳も年下なのだ。相手にされるわけない。本来であれば恋愛対象にすらならないだろう。早く離れた方がいい。深みに嵌《はま》る前に離れた方が傷が浅くて済む。
 握られた手を離そうと引けば、さらにガッチリと指が絡む。
 恋人繋ぎ……
 そんな些細な事にも弾む心に、すでに抜けられない所まで深みにハマっていると自覚させられただけだった。

「着いたよ。コレに乗りたかったんだ」

 そんな事をグルグルと考えながら歩いていた私は、橘の声で顔をあげ目の前の光景に衝撃を受けた。
 大きな池に浮かぶ、アヒル型のボート。よく見かける形の足漕ぎボートが目の前でプカプカ浮いている。
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