豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網
「あぁぁぁ、覚えられてもいないなんて、マジで黒歴史だわぁ。彼氏に浮気されたって、初めてヤケ酒に付き合った日だったか。まぁ、酔っ払っていたお前に告白した俺も悪かったが、覚えてもいなかったとは……」
「嘘でしょ!? 告白したって……、そんな事あった??」
「本当、昔から男女の機微に疎いというか、こりゃ橘も苦労するわな」
「はっ!? 何でそこで橘の名前が出てくるんですか??」

 課長の口から飛び出た橘の名前にドキリっと心臓が脈打ち、内心焦り出す。

「冬野さぁ、あれで気づかれないとでも思っていたのか? 橘を物憂げに見つめてため息ばかりついていれば何かあったと思うのが普通だろ。橘の態度も態度だしなぁ」
「ウソ……私、そんな事してましたか?」
「まぁ、気づいているのは、お前とも腐れ縁の奴らばかりだがな。さっきの身動き取れないとか溢していたのも、どうせ橘と吉瀬さんの事だろう。過去に何があったか知らんが、さしずめ噂に踊らされて、色々悩んでいるってところか。ハッキリ言って時間の無駄だぞ。橘は、冬野を諦めないだろうし、さっさと腹括って、アイツのこと受け入れた方が良い」
「どうしてそんな事、課長が分かるんですか? 橘と吉瀬さんが付き合っているって噂、実際にそうかもしれません。もし、仮に私が橘を好きでも、付き合っている二人を引き裂いてまで彼を奪おうとは思えません」
「それが綺麗事だって言ってんだよ。冬野さぁ、今までもそうだったんじゃないのか? 元彼の事だって、そうやって相手の顔色ばかり伺っていたから相手がつけ上がったんじゃないのか? そして、今度は傷つきたくなくて、身動き取れなくなっているのが事実だろう。自分の気持ちに正直になった方がいい。特に男女関係は」

 傷つきたくなくて橘を拒絶したのに彼への気持ちを捨てきれず、身動き取れなくなっている。私は、言い訳ばかり並べて橘から逃げ出した臆病者なんだ。課長の言う通りだ。正論過ぎて、何も言えない。

「俺はあの時、お前に告白して良かったと思っている。玉砕覚悟で、案の定振られたというか、お前の中では告白された事にもなっていなかったようだけど、腹はくくれた。自分の気持ちに正直になれ。みっともなくたって、なりふり構わず行動する事も時には必要だ。でなければ、きっと後悔する。特に男と女はな」

『愛している』と自覚した今、このまま何もせず指を咥えて二人の成り行きを見ているだけでいいのか? それで、自分の気持ちは納得するの?
 二人が付き合っているとかいないとか、そんな事はどうでもいい。自分の気持ちに正直に行動するべき時が今なのではないだろうか。
 グルグルと頭の中を巡る思考の渦に翻弄され、一歩が踏み出せない。
 なりふり構わずか。そう出来たらどんなにいいだろうか……

「課長、年を取るって嫌ですね。変化を嫌って、現状維持の居心地の良さから抜け出せなくなる。それが年々酷くなっていく。本当、嫌になる」
「そんな事もないと思うぞ。踏ん切りさえつけば、あとは行動あるのみ。今までの経験があるからこそ、若い奴等よりも上手く立ち回れる事もある。あまり考え込むと本当に動けなくなるぞ。深く考えず気持ちのまま突っ走ってみたらどうだ。橘は、俺の告白を蹴ってまで、欲しいと思えた男なんだろ」

 告白を蹴ってまで欲しいと思った男。
 最悪な誕生日に出会った、最悪な男。でも信じ続けた元彼に捨てられ絶望に堕ちた心を救ってくれたのは、橘真紘という存在だった。
 気持ちのまま、突っ走ってみるか……

「まぁ、橘にも振られたら俺が拾ってやるから、安心しろ」

 ヒラヒラと手を振り、課長の背が遠ざかって行く。
 今のままでは、きっとダメだ。そんな事は分かっている。分かっているのだ、充分過ぎる程には。
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