大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
「いえ、ですから沖形さんにしてほしいことなんて、ありませんって」
「今は、ね。はい、これ俺の番号」

 朋也は美空の言葉をさらりと受け流し、スマホを取り出すと自身の番号が表示された画面を美空に見せた。

「今、私用スマホ持ってる? 登録して。間違えるといけないから、登録したらワンコールして」
「えっ? 待っ」
「ほら早く、休憩時間が終わる。今は保留でいいから、お礼にしてほしいことが思いついたら連絡してよ」

 言いながら朋也が急かしてくる。
 たしかにそろそろ席に戻る時間だ。美空は混乱と焦りで言われるがままスマホを取り出し、朋也の番号を打ちこむ。
 発信ボタンをタップすると、朋也のスマホが目の前で振動した。

「AP沖形 ready for take off. Request departure.」

 スマホの画面を確認して満足そうな顔をした朋也が、だしぬけに英語を口にする。
 美空があっけにとられると、朋也が口元をゆるめる。その表情が意味ありげに見えたのは、気のせいだろうか。

「離陸の準備ができたから、離陸許可をくださいっていう意味だよ。実際にはready for はあまり使わないけど。許可するときには『cleared to take off』と返す。言ってみて」

 美空は面食らったが、朋也の視線にたじろいで言われたとおりにする。

「Cleared to take off……でいいですか?」
「Cleared to take off AP沖形. Good day」

 朋也は操縦中よろしく胸の奥にまっすぐ届く声で復唱すると、ふたたび自身のスマホに目を落としてから腰を上げた。
 唐突な管制の真似事は、休憩を終えて持ち場に戻るという意味だったのだろうか。美空もペットボトルを手にぎこちなく「Good day」と返して別れる。
 いつのまにか彼のペースに乗せられ、美空はうっかり連絡先を教えてしまっている。
 だがそのことに気づいて頭を抱えたのは、自席に戻ってから。
 ましてや朋也が、実際にはどんな意味をこめて美空に離陸許可を得たのか――。気づいていたら、美空は即座に断固拒否したに違いない。
 美空のほうが分の悪い攻防戦は、すでにこのときから始まっていたのだ。
< 28 / 143 >

この作品をシェア

pagetop