大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
 エンジン音すら心地いい。入れ替わり立ち替わり離陸と着陸を繰り返すところは、さすが主要空港といった風景だ。

「やっぱりここにいたなあ。美空、久しぶり」
「パパ! 神戸便の到着はまだのはずじゃなかったの?」

 美空がふり返るのと同時に、父が隣に並んで視線を飛行機に向ける。
 白髪がちらほらと見られるようになった父だが、顔にも皺が増えたと思う。もともと温和な性格だが、皺のおかげで顔立ちもますます柔和になっている。

「美空の会社の便に乗りたかったから、伊丹から飛んだよ」

 エアプラス社の便でも神戸―羽田便はあるが、便数は少ない。伊丹空港まで電車移動したと聞いて納得した。
 父は元パイロットだ。
 主に離島間を行き来する小型機の機長を長らく勤めていたが、今は亡き母の看病を機に、すっぱりと辞めた。
 それからは復帰の誘いも断り、関西にある航空専門学校で教鞭を取っている。
 美空が子どものころは、ジェット機と小型機の操縦感覚の違いについて何度聞かされたかわからない。
 自動運航の機能が備わっているジェット機と違い、小型機はパイロットが操縦の感覚を肌でつかみやすい。だから自分は小型機がいいんだ――。
 今、美空たちの視線の先に小型機はない。父自身、パイロットを辞めたことをどう考えているのか、聞いたことはない。
 尋ねるのは怖い。正確には、その話題をすれば必然的に受けるであろう質問が怖いのだ。
 美空は、その質問に笑顔で答えられる自信がなかった。

「そういえばパパ、大事な話ってなに? 電話のあとからずっと、気になってしかたなかったよ」
「ああ、場所を移動しよう」

 いつのまにか太陽は沈み、滑走路上では誘導炉灯が星をちりばめたかのように輝いている。
 美空たちは飛行機が見えるレストランの窓際カウンター席に腰を落ち着けた。ビールで乾杯する。
 父はつかのまた美空の顔色をうかがうようにしてから、切り出した。

「僕が教えている専門学校でお世話になっている知り合いの息子がね、現役パイロットなんだ。エアプラス社のパイロットらしいんだが、パイロットといえば激務だろう?」

 回りくどい話を好まない父にしては、やけにもったいをつけた言いかただ。

「そのひとは息子のことをいたく心配していてね。息子の生活を支えてくれる女性がほしいらしいんだ。それで、お宅のお嬢さんはいかがでしょう、と……な?」
「な? って?」
「いや、だから美空とお見合いはどうだろうかと」
< 8 / 143 >

この作品をシェア

pagetop