もう一度 恋をするなら
 紹介されて、なんと言おうか言葉が出遅れる。『久しぶり』とここで言ったら、周囲に騒がれそうで面倒だ。
 そんなことを頭の中で考えながら、きっと私は知らず気持ちが昂っていたんだろう。
 すっと目を逸らされて、彼が私にではなく全体を見渡すようにしてから口元に笑みを浮かべたのを見て頭の中が真っ白になる。

「弓木と申します。しばらくは出来る限り足を運ぶ予定にしておりますので、何かありましたら遠慮なくお声がけください」

 よろしくお願いします、こちらこそ、とみんな口々に挨拶を交わす。彼は自分に近いところから順にひと言ずつ声をかけ、私のところにも避けることなく近づいた。
 また、目が合った。今度は狼狽えた様子もなく、淡々と他の人と同じように儀礼的な会釈をする。

「よろしくお願いします」
「看護主任の今井と申します。よろしくお願いします」

 表面的な愛想だけの挨拶を交わして、彼は私の前を通り過ぎていった。


 ――……無視、された?

 そう気が付くと、ぎゅっと胸の奥が苦しいほどに痛み頭の中が真っ白になる。ユギという響きを聞いただけで期待するなと自分に言い聞かせたのは、ある意味正解だった。
 余りにも呆気ない。
 高校生の私が初めて恋をした人との再会は味気なく、彼にとっては遠い過去にすぎないのだと思い知らされた。


 仕事を終えてロッカールームで着替えた後、帰路につく。職員用の出入り口は、私と同じように業務を終えた職員が足早に歩いている。病院の外に出ると、まだ明るさがあり薄青の空が広がっていた。
 今日はあれから一日、心が落ち着かなかった。仕事でミスをしてしまいそうで、何度か心の中で……いや実際に自分の頬をビンタして、居合わせた柳川瀬さんに「何やってんの」と笑われた。

 いや、本当に。何をやってるんだか。

「ねえ! 明日休みだから飲みに行こうよぉ」

 甘えたような、可愛らしい声が聞こえてそちらを見ると、四階のお騒がせカップルがいた。私に告白してきた同僚とその彼女だ。

「いや、俺は明日仕事だって」
「じゃあ、ご飯だけ。いいじゃない、せっかく勤務日重なったんだから」

 そんな会話をしながら腕を組んで歩いている。
 職場恋愛は色々と面倒くさいこともある。けれど、忙しいと他の場所で相手を見つける機会なんて無いに等しくて、職場で出会った相手ならこういうことも出来るのだ。敢えて待合せたりしなくても、帰りながら食事をしたりデートの計画を立てたり。

 きっと彼は、こういうことがしたかったんだろうな、とぼんやりと考えた。
 私は、どうなのだろう。

 自分でもわからない。恋愛に縁がないまま大学を卒業し、看護師になってからはずっと仕事ばかりで忙しい生活のままこの年齢まで来てしまった。
 ただ、告白された時に思い出した。

 胸の奥が、きゅっと痛くなる。それでいて熱をもって温かくなるような、そんな想いを抱いたことが私にもあったのだ。心の奥底に、今もまだあった残り火に気付いてしまった。

 まさかその残り火の原因に、再会するとは思わなかったけれど。

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