もう一度 恋をするなら
初恋の終わり
終わりの日は、本当に何の気配もなく突然にやってきた。
塾の帰り道。二月でちらつく雪の中を弓木くんは塾の近くで待っていてくれた。私の分のあったかいカフェオレを買って差し出してきて、私は「ありがとう」と受け取る。高校生になってからは彼も部活で遅くなることもあり『いつも』というわけではないけれど、真冬の暗い時期は時々付き合ってくれた。繰り返すうちに私がお返しにコーヒーを買ったりと交互にするのが習慣になって、今日は彼が買う日だった。本当なら、私がお礼に全部おごらないといけないところだけど、それは弓木くんにお断りされてしまった。
「あのね、弓木くん」
マンションのロビーについて冷たい風から逃れてほっと人心地ついたとき、エレベーターがくるまでの短い間に私は思い切って彼に切り出した。
この日、私は長年温めた思いを告げるために一大決心をしていた。
「うん? どうした?」
私の緊張が伝わったのか、弓木君は腰を折って心配そうに私の顔を覗き込む。高校生になってさらに背が伸びた彼は、今となっては百六十センチの私と二十センチ以上の差が出来ていた。こういう仕草をされると尚更身長差が際立って、私は余計にどきどきしてしまう。
「あ、あのね」
「なんかあった?」
「あの」
ぐずぐずしているとエレベーターが来てしまう。階数表示の数字が変わって段々と一階に近づくのを見て、私は焦って勢いよく告げた。
「明日! じ、時間、ある? 会えないかなと思って」
明日はバレンタインデーだ。土曜日で、学校はお休み。私の言いたいことがわかったのか、彼は目を見開いてそれからきゅっと唇を閉じる。頬が徐々に赤くなって、彼が照れているのだと教えてくれた。
その時、ポンッとエレベーターが着いた音がしてふたりそろってびくっと肩が跳ね上がった。到着したエレベーターにはひとり人が乗っていて、私たちはだんまりの状態でエレベーターが空くのを待ちふたりそろって乗り込む。
扉が閉まるとふたりきりの空間になって、いつもなら気にならない沈黙がひどく気になった。エレベーターが来たせいで、せっかく勇気を出したのに話が途切れてしまった。
も、もういちど同じことを言うべき? どうしよう?
また言わなきゃならないの? 結構勇気出したんだけど⁉
二月だというのに服の下にダラダラ汗をかいていた。私たちの住む十階に着く直前、今度は弓木くんから口を開く。
「練習試合があるから」
「あ、そ、そうか」
「五時くらいに帰ってくるけど、それからでいい?」
ぱっと顔を上げる。その瞬間にまたポンッと鳴ってエレベーターが十回に着いた。
ふたりなぜか競うようにエレベーターを降りて、各々家のドアの前に立った。それから顔を見合わせる。弓木くんの顔も赤かったけど、私の顔も間違いなく、弓木くん以上に赤いはずだ。
「えっと、じゃあ明日、下で帰るの待ってる」
「いや、時間差ありそうだし。帰ったら俺がインターフォン鳴らすよ」
「そう?……うん、じゃあ、待ってる」
「おう」
ドアを開ける直前、はにかみながらお互い笑い合う。そうして、それぞれの家に入った。
これが、私たちがまともに会話をした最後になった。