もう一度 恋をするなら
申し送りが終わった直後にそう声をかけてくれたのは、ベテラン看護師の柳川瀬さんだ。シングルマザーで、小学生の娘さんがひとりいる。いつも明るくて若々しい、四十代とは思えない綺麗なひとだ。
「了解です。午後からちょっとばたつきそうですねえ」
午後からは、私が担当している患者さんも診察や検査、管理指導と移送が相次ぎそうなので、このタイミングで遠慮なく行かせてもらうことにする。
「あ、じゃあ俺も行こうっと」
便乗してきたのは研修医の時任先生で、ナースステーションを出ようとする私たちの後についてきた。同じような年齢だったか、ひとつ下だったか、はっきり覚えていないがとにかく同世代だ。医師としては駆け出しだが、背が高くてイケメンで人当たりが良いので、患者さんや若い看護職員にも人気がある。
「午後から何かあるんですか?」
早々に昼食を済ませておきたい理由があるのかと歩きながら聞いてみたところ「えっ」とショックを受けたという表情を見せた。うん、わざとらしい。
「理由がないと一緒に行ったらダメってこと?」
「えっ? いえ単純にそうなのかなって聞いてみただけです。失礼しました、良ければご一緒しましょう」
確かに。単純に理由があるのかと思って聞いただけだったが『なんで一緒に?』と冷たい反応に見えたのかもしれない。改めてこちらからそう言うと、少し前を歩いていた柳川瀬さんが振り返る。
「時任先生は若い子に普段からちやほやされ過ぎなんですよ」
「うわ、キツいなあ」
「わーい、うれしいですぅ、って普段から言われ慣れてるからでしょ。さっきの今井さんの反応はごく普通ですぅ」
歩くテンポを若干落として彼女は私の腕を取って隣に並んだ。語尾だけわざと若い看護師の真似をして、時任先生をからかっている。 多分、その真似は中川さんだ。彼女はよく男性医師の前ではそうやって語尾を伸ばすので。
「まあまあ。せっかくですからいいじゃないですか」
職員用エレベーターホールに着き、私を挟んで会話するふたりを宥めながら下行きのボタンを押した。
同じ病院でも、職員数がとにかく多いので柳川瀬さんとは異動になってから初めてお会いした。どこかですれ違ったり、患者さんの異動や申し送りで話したことくらいは多分あるだろうけど、よく覚えていない。
こんな調子でずばっと物を言う人なのだが、私としてはわりと付き合いやすい人でほっとしている。シフト表で、彼女が一緒の日を見つけるとちょっと嬉しいくらいだ。接しやすい人を早々に見つけられたのはありがたい。