もう一度 恋をするなら
その後、時任先生はお先にと席を立ち、私と柳川瀬さんもプレートを下げに立ち上がった時だ。
「燈子!」
ちょっと懐かしく感じる声で名前を呼ばれた。半月前まで一緒に働いていた同期の看護師、有村雪だ。配属先が重なったのは三年ほどだが、新人研修の時からの長い付き合いだ。なので同僚であり親友でもある。
「雪ちゃん! 久しぶり!」
「ほんとに久しぶり。部署が変わると全然会わないね。あ、燈子終わっちゃったんだ」
「うん、雪ちゃんは今からお昼?」
「そう、これから。燈子が見えたから……きちゃった」
そう言いながら、雪ちゃんが少し離れたところを見た。数人、四階外科病棟の看護師の姿が見える。その中のひとりを見て、雪ちゃんが語尾を濁した意味がわかった。私にとってちょっと気まずい相手がそこにいたのだ。
とんとん、と肩を叩かれて振り向くと、柳川瀬さんがプレートを手に待っていた。
「私、先に行くから今井さんもう少しゆっくりしたら?」
「あ! すみません。構いませんか?」
「うん、まだ休憩時間残ってるし。先にいくね」
休憩時間が終わるまで、まだ三十分ある。移動時間を考えると、あと十五分くらいならここで話しても大丈夫だろう。柳川瀬さんの気遣いに感謝しつつ、ふたりで軽く会釈をすると私はもう一度腰を下ろした。
「ごめんね、気を使わせちゃったかな」
「大丈夫だと思う。ずばずば言う人だけど、裏表がなくて良い人だよ」
異動したばかりの私を心配してくれていたんだろう。雪ちゃんは、私の言葉にほっとしたように笑った。
「よかったよかった。人間関係円滑なのが一番だからねえ」
「うんうん。実感伴うわぁ」
男性経験ゼロの私だが、実は昨年付き合いかけた男性はいる。同じフロアで働いていた同僚の看護師で、勤務が重なるとよく誘われて何度か食事に行った。
ひとつ年上の男性で話も合うし、勤務態度も真面目で好感度は高めだった……と思う。だけど、いざ付き合わないかと気持ちを告げられた時に一歩踏み出すことができなかった。
彼を好きかどうかと聞かれたら、はいとは言えない自分に気が付いた。明るくて会話が楽しくて、気配り上手。良い人だったけど、自分の中でははっきりと彼は気の合う友人だった。
この年齢にもなれば恋がすべてではないとわかってはいる。付き合った経験はなくとも友人や同僚から経験談はたくさん聞く機会があった。耳年増というやつだが、友人や同僚という間柄から、付き合ううちに情が芽生える場合も多くあるのだと知っている。