[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
営業2課では、すでに社内外でクレームが出ているらしい。

研二は営業成績こそ良いが、強引で横柄。

麗華もミスが多く、態度に不満を持つ社員が増えているという。あの残業仕事も、本来は彼女の担当だったのだ。

「それにさ、婚約破棄の翌日よ? 堂々と婚約発表したの。ほんっとに、バカだよ、あの二人」

恵子は呆れたように肩をすくめ、サワーを一気に飲み干した。

SNSに指輪の写真を投稿した件も社内で瞬く間に広まり、二人への風当たりは一気に強まった。人事部では風紀を乱す研二の異動、麗華を地下の資料室へ送る辞令が検討されているらしい。

自業自得、という言葉が頭をよぎる。



「……ところで、真帆子」

急に声色が変わった。

「婚約破棄の日、どこに泊まったの?」

「へっ?」

「ここにいたって嘘は通じないからね。研二のSNS見て心配になって来たんだから。さあ、吐きなさい。吐けェェ!」

ヒィィ……。お酒が入ると、恵子は本当に容赦がない。

心配してくれたのだと分かっているから、私は観念して打ち明けた。

「じ、実は……あの後、バーで飲んで……それで……」



あの夜のことを話すと、頬がじわりと熱くなる。耳元で囁かれた、低くて甘い声。今でも、ふいに思い出してしまう。

「……よっぽど相性が良かったのね」

恵子は笑いながらも、どこか真剣な顔で言った。

「別に、ワンナイトを推奨してるわけじゃないけどさ。少しでも癒されたなら、それでいいのよ」

その優しさが、胸の奥に静かに染みた。



恵子が帰った翌日の昼過ぎ。
私は、もう一つ片付けなければならない用事のため、ミッドタウンへ向かった。あの一夜を過ごした、サクラスクエアにあるラグジュアリーなホテル9(クー)へ。



週末の街は、家族連れやカップルで賑わっていて、その中を一人で歩く自分が、少しだけ浮いている気がした。

ホテルに近づくにつれて、雑誌のページを切り取ったような男女が、嫌でも目に入る。年齢も性別もばらばらなのに、全員が『整っている』。その中で、自分だけが場違いに思えた。

黒髪に、ほとんどメイクもしていない。爪も短く、素爪(すづめ)のまま。デニムは避けたものの、地味なロングスカートに白シャツ。

どこかおかしいわけじゃない。

ただ、ここでは正解じゃなかった。

やっぱり、電話で問い合わせればよかった。

そう後悔しながらため息を吐き、私はその建物を見上げる。
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