[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
部屋に戻り、仁から教えてもらった名前を、そっと口にする。
あの日、俺たちは互いの名前すら知らなかった。ただ『君』と『あなた』と呼び合っていただけだ。今は名前と、ミッドタウン勤務という二つの手がかりを手にした。だが、ミッドタウンには企業が山ほどある。
焦っても仕方がない。試しにネットで検索してみたが、何も出てこなかった。
……やっぱり、プロに頼むしかないか。
知り合いの警備探偵事務所『セキュリティ&サーチ』に連絡しようとしたが、指が止まる。ここは、俺たち『大家族』がよく使う会社だ。特に弁護士である涼介は、仕事でも頻繁に利用している。
もし知られたら――あの夜が、過去のままでは済まなくなってしまう。今までは、それで終わってきた。名前を知らないまま、思い出さないまま、何事もなかったように日常へ戻ってきた。
なのに今回は違う。もう、忘れたふりができなくなっている。名前を知れば、距離が縮まる。距離が縮まれば、きっと、今までと同じようには切れない。それが怖いくせに、それでも知りたいと思っている。
今はまだ、誰にも知られたくない。けれどこのまま何もせずにいられるほど、俺はもう、器用じゃなかった。
今日から、また新しい1週間が始まる。
10月も後半。
今週は新店舗ロケーションの選定や、新規取引先の決断など、慌ただしくなりそうだ。
新店舗は玄士おじさん・副社長代理が担当してくれるので、俺は新しい取引先の選定に集中する。
午後には、バイヤー部との会議がある。新たに加工肉商品のラインを強化するため、三社の候補を比較する予定だった。最終的に二社に絞り、後日プレゼンで決定する流れだ。
第3会議室。
バイヤー部長の大橋さん、主任の高橋、それに三人のバイヤー。時間が空いた玄士おじさんと、俺の秘書で慶智大の後輩・本間も同席していた。
部長の大橋さんは、父の代から勤める古株だ。主任の高橋は旧姓・山本で、妹の葵の親友でもある。慶智大の後輩で、俺の大学の友人である高橋課長と結婚している。
……うちの会社は、やはり慶智つながりが多い。
それぞれノートパソコンを立ち上げ、ふと気づいた。誰も資料ファイルを持ってきていない。高橋が内線で部下に指示を出すと、数分後、ノックの音がした。
あの日、俺たちは互いの名前すら知らなかった。ただ『君』と『あなた』と呼び合っていただけだ。今は名前と、ミッドタウン勤務という二つの手がかりを手にした。だが、ミッドタウンには企業が山ほどある。
焦っても仕方がない。試しにネットで検索してみたが、何も出てこなかった。
……やっぱり、プロに頼むしかないか。
知り合いの警備探偵事務所『セキュリティ&サーチ』に連絡しようとしたが、指が止まる。ここは、俺たち『大家族』がよく使う会社だ。特に弁護士である涼介は、仕事でも頻繁に利用している。
もし知られたら――あの夜が、過去のままでは済まなくなってしまう。今までは、それで終わってきた。名前を知らないまま、思い出さないまま、何事もなかったように日常へ戻ってきた。
なのに今回は違う。もう、忘れたふりができなくなっている。名前を知れば、距離が縮まる。距離が縮まれば、きっと、今までと同じようには切れない。それが怖いくせに、それでも知りたいと思っている。
今はまだ、誰にも知られたくない。けれどこのまま何もせずにいられるほど、俺はもう、器用じゃなかった。
今日から、また新しい1週間が始まる。
10月も後半。
今週は新店舗ロケーションの選定や、新規取引先の決断など、慌ただしくなりそうだ。
新店舗は玄士おじさん・副社長代理が担当してくれるので、俺は新しい取引先の選定に集中する。
午後には、バイヤー部との会議がある。新たに加工肉商品のラインを強化するため、三社の候補を比較する予定だった。最終的に二社に絞り、後日プレゼンで決定する流れだ。
第3会議室。
バイヤー部長の大橋さん、主任の高橋、それに三人のバイヤー。時間が空いた玄士おじさんと、俺の秘書で慶智大の後輩・本間も同席していた。
部長の大橋さんは、父の代から勤める古株だ。主任の高橋は旧姓・山本で、妹の葵の親友でもある。慶智大の後輩で、俺の大学の友人である高橋課長と結婚している。
……うちの会社は、やはり慶智つながりが多い。
それぞれノートパソコンを立ち上げ、ふと気づいた。誰も資料ファイルを持ってきていない。高橋が内線で部下に指示を出すと、数分後、ノックの音がした。