[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
ドアが開き、社員制服の女性がファイルを胸に抱えて入ってくる。俺はそれをチラッと横目で確認した。黒髪をひとつにまとめ、大きな黒縁メガネ。テーブルにファイルを置いたその瞬間、ふわっと漂うあの柔らかい石鹸の匂い。
そして俺の目は、自然と彼女の左手に吸い寄せられた。
左薬指――あの傷。
思わず、呼吸を忘れた。
頭を殴られたような強烈な衝撃が走る。
退出しようとする彼女の背に、耳を疑う声が重なった。
「小宮さん、ありがとう」
「助かったわ、小宮ちゃん」
……小宮?
その響きが、あの夜の記憶と重なった。思わず呼吸を忘れる。あの指の傷、そしてこの苗字。
偶然なんかじゃない。
それに、彼女の勤務地はミッドタウン――ここだ。
高鳴る鼓動を押さえ、無理やり意識を会議に戻した。
いつもなら数字と資料だけを追えばいい。それが今日は、文字が滑って全く頭に入ってこない。
会議は滞りなく進み、最終的に二社のプレゼンを受けることに決まった。
株式会社平井フーズは輸入チーズや加工肉を扱う会社。もう一社のソーセージ&カンパニーは、自社牧場で製造を行う国内企業。
来週までに玄士おじさんが両社の裏をチェックする予定だ。
資料を閉じながらも、心は落ち着かない。
まさか、あの小宮さんが。
頭のどこかで『偶然』という言葉を探すが、どうしても信じられなかった。
終業後、秘書の本間を先に返し、静まり返った社長室でパソコンを開く。
知りたいのは一つだけ。会議室で見た『小宮』が、あの夜の小宮真帆子と同一人物かどうか。
ただ、マウスをクリックするだけだ。それだけのはずなのに、指先に余計な力が入る。
緊張しながら、人事ファイルを開けた。
画面に映ったのは、バイヤー部・小宮真帆子の名前だった。IDカードの写真には、束ねていない黒髪と、メガネを外した柔らかな笑顔。
間違いない。彼女だ。
一瞬で鼓動が速くなる。ネクタイをゆるめ、深く息を吐いた。
思い出すのは、あの夜の温度。
触れた肌のぬくもり、息づかい。
ほのかに漂った薄い石鹸の香り。
そして彼女の戸惑いと、俺の抑えきれない衝動。
――思い出してはいけない。
今の俺は、そういう立場にいる。社員には手を出さない。それは、自分に課してきた最低限の線だ。
分かっている。
分かっているのに。
忘れられない。
もう、欲しいと認めている。それが、これまでの自分にはなかった感情だと、否応なく突きつけられる。
あの時のすべてが、今も脳裏に焼きついている。
そして俺の目は、自然と彼女の左手に吸い寄せられた。
左薬指――あの傷。
思わず、呼吸を忘れた。
頭を殴られたような強烈な衝撃が走る。
退出しようとする彼女の背に、耳を疑う声が重なった。
「小宮さん、ありがとう」
「助かったわ、小宮ちゃん」
……小宮?
その響きが、あの夜の記憶と重なった。思わず呼吸を忘れる。あの指の傷、そしてこの苗字。
偶然なんかじゃない。
それに、彼女の勤務地はミッドタウン――ここだ。
高鳴る鼓動を押さえ、無理やり意識を会議に戻した。
いつもなら数字と資料だけを追えばいい。それが今日は、文字が滑って全く頭に入ってこない。
会議は滞りなく進み、最終的に二社のプレゼンを受けることに決まった。
株式会社平井フーズは輸入チーズや加工肉を扱う会社。もう一社のソーセージ&カンパニーは、自社牧場で製造を行う国内企業。
来週までに玄士おじさんが両社の裏をチェックする予定だ。
資料を閉じながらも、心は落ち着かない。
まさか、あの小宮さんが。
頭のどこかで『偶然』という言葉を探すが、どうしても信じられなかった。
終業後、秘書の本間を先に返し、静まり返った社長室でパソコンを開く。
知りたいのは一つだけ。会議室で見た『小宮』が、あの夜の小宮真帆子と同一人物かどうか。
ただ、マウスをクリックするだけだ。それだけのはずなのに、指先に余計な力が入る。
緊張しながら、人事ファイルを開けた。
画面に映ったのは、バイヤー部・小宮真帆子の名前だった。IDカードの写真には、束ねていない黒髪と、メガネを外した柔らかな笑顔。
間違いない。彼女だ。
一瞬で鼓動が速くなる。ネクタイをゆるめ、深く息を吐いた。
思い出すのは、あの夜の温度。
触れた肌のぬくもり、息づかい。
ほのかに漂った薄い石鹸の香り。
そして彼女の戸惑いと、俺の抑えきれない衝動。
――思い出してはいけない。
今の俺は、そういう立場にいる。社員には手を出さない。それは、自分に課してきた最低限の線だ。
分かっている。
分かっているのに。
忘れられない。
もう、欲しいと認めている。それが、これまでの自分にはなかった感情だと、否応なく突きつけられる。
あの時のすべてが、今も脳裏に焼きついている。