[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
まあ、せっかく時間を割いて訪問してくれた以上、形式だけでも評価の場は設ける。それが、こちらの流儀だ。
そう自分に言い聞かせながら、5分ほど遅れて会議室に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。反射的に呼吸を止め、眉をひそめる。甘ったるい日焼けオイルのような香りが、部屋に充満していた。
――なんだ、これは?
食料品を扱う伊乃国屋では、香りを厳しく制限しているわけではない。だがそれは、常識の範囲内での話だ。この部屋に漂う甘さは、その一線を明らかに越えている。
次に目に飛び込んできたのは、別の意味で違和感のある光景だった。平井フーズの二人が、ドア横の壁際に立たされたまま、席にも着いていない。
この時点で、誰がそう判断したのか、確認するまでもなかった。高橋が、あの女性を『座らせなかった』のだ。
膝掛けを持ってきた高橋に、彼女は鼻にかかった声で言った。
「寒くないから大丈夫ですぅ」
その瞬間、高橋の声が部屋を凍らせた。
「これはマナーの話です。契約を望むなら、社会人としての礼儀を守ってください」
高橋節だ。相変わらず、容赦がない。
営業担当の矢部が慌てて膝掛けを渡すが、彼女は状況を理解していない様子だった。
さらに、左手薬指の指輪を、わざと見せつけるように弄んでいる。
一体、何をアピールしているつもりだ?
……本当に、プレゼンをする気があるのか。
そう思いながら、俺は時計に視線を落とした。時間の無駄にならなければいいが。
やがて、プレゼンが始まった。こちらはバイヤー部長の大橋、主任の高橋、そして俺。玄士おじさんの代わりに、秘書の本間がメモを担当している。
配布された資料は、想像以上に整っていた。矢部の説明にも活気があり、数字の提示も的確だ。
だがふと、高橋から社内チャットでメッセージが届いた。
――この資料の『作成者』に違和感がある。
確かに、フォーマットや言葉の選び方にはどこか見覚えがあった。矢部は『アシスタントが作った』と言っていたはずだ。あの、営業には不相応な服装の女が。
プレゼン終了後、平井フーズの二人を見送ってから、俺たちは内容を検討した。
商品ラインナップは悪くない。価格も抑えられており、条件面だけ見れば合格点だ。だが、試食がない時点で判断は難しい。
一番の問題は、営業二人の態度、そして資料の出所だった。矢部の説明は分かりやすい。しかし、こちらの要望を汲み取ろうとする姿勢がまるでない。一方的に押しつけるだけで、聞く耳を持たない。
加えて、高橋への態度だ。どこか見下すような物言いが散見され、聞いていて不快だった。大橋も本間も、同じ印象を抱いているのが分かる。
そして、あの服装。矢部は注意すらせず、まるでそれを容認しているようだった。時代の変化に、ついてこられていない会社の気配がする。
異性で、しかも実力だけで役職を得た高橋に、矢部は無意識の敵意を抱いていたのかもしれない。
そして資料だ。矢部は、あのアシスタント――白川麗華が作ったと言っていた。だが、各ページのフッターには、こう記されていた。
『平井フーズ 営業1課 小宮』
その文字を見た高橋は、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。そして何も言わず、静かに内線を取った。
そう自分に言い聞かせながら、5分ほど遅れて会議室に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。反射的に呼吸を止め、眉をひそめる。甘ったるい日焼けオイルのような香りが、部屋に充満していた。
――なんだ、これは?
食料品を扱う伊乃国屋では、香りを厳しく制限しているわけではない。だがそれは、常識の範囲内での話だ。この部屋に漂う甘さは、その一線を明らかに越えている。
次に目に飛び込んできたのは、別の意味で違和感のある光景だった。平井フーズの二人が、ドア横の壁際に立たされたまま、席にも着いていない。
この時点で、誰がそう判断したのか、確認するまでもなかった。高橋が、あの女性を『座らせなかった』のだ。
膝掛けを持ってきた高橋に、彼女は鼻にかかった声で言った。
「寒くないから大丈夫ですぅ」
その瞬間、高橋の声が部屋を凍らせた。
「これはマナーの話です。契約を望むなら、社会人としての礼儀を守ってください」
高橋節だ。相変わらず、容赦がない。
営業担当の矢部が慌てて膝掛けを渡すが、彼女は状況を理解していない様子だった。
さらに、左手薬指の指輪を、わざと見せつけるように弄んでいる。
一体、何をアピールしているつもりだ?
……本当に、プレゼンをする気があるのか。
そう思いながら、俺は時計に視線を落とした。時間の無駄にならなければいいが。
やがて、プレゼンが始まった。こちらはバイヤー部長の大橋、主任の高橋、そして俺。玄士おじさんの代わりに、秘書の本間がメモを担当している。
配布された資料は、想像以上に整っていた。矢部の説明にも活気があり、数字の提示も的確だ。
だがふと、高橋から社内チャットでメッセージが届いた。
――この資料の『作成者』に違和感がある。
確かに、フォーマットや言葉の選び方にはどこか見覚えがあった。矢部は『アシスタントが作った』と言っていたはずだ。あの、営業には不相応な服装の女が。
プレゼン終了後、平井フーズの二人を見送ってから、俺たちは内容を検討した。
商品ラインナップは悪くない。価格も抑えられており、条件面だけ見れば合格点だ。だが、試食がない時点で判断は難しい。
一番の問題は、営業二人の態度、そして資料の出所だった。矢部の説明は分かりやすい。しかし、こちらの要望を汲み取ろうとする姿勢がまるでない。一方的に押しつけるだけで、聞く耳を持たない。
加えて、高橋への態度だ。どこか見下すような物言いが散見され、聞いていて不快だった。大橋も本間も、同じ印象を抱いているのが分かる。
そして、あの服装。矢部は注意すらせず、まるでそれを容認しているようだった。時代の変化に、ついてこられていない会社の気配がする。
異性で、しかも実力だけで役職を得た高橋に、矢部は無意識の敵意を抱いていたのかもしれない。
そして資料だ。矢部は、あのアシスタント――白川麗華が作ったと言っていた。だが、各ページのフッターには、こう記されていた。
『平井フーズ 営業1課 小宮』
その文字を見た高橋は、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。そして何も言わず、静かに内線を取った。