[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
社長室に戻ったところで、高橋――旧姓の山本が、珍しく声をかけてきた。
「お話ししたいことがあります」
本間に席を外してもらい、応接スペースで向かい合う。いつも冷静な彼女が、怒りを隠そうともしない表情をしていた。
「どうした、山本?」
仕事以外では、つい彼女を旧姓で呼んでしまう。
「社長。このまま断って終わりで、いいんですか?」
低く静かな声に、はっきりとした怒りがこもっている。
あの二人――矢部と白川。
横柄な態度、他人の努力を踏みにじる嘘、そして高橋を見下す視線。どれも、看過できるものではない。
「まずは、おまえの意見を聞こうか」
「仕事に私情を挟むべきじゃないのは分かってます。でも、今回のことは……看過できません。小宮ちゃんが、あまりにも可哀想です」
「……なるほどな」
『小宮』の名前を聞いた瞬間、心臓が静かに跳ね上がった。あの甘い一夜の映像が、一瞬で脳裏をかすめる。
だが、悟られるわけにはいかない。俺は、冷静さを装った。
これ以上、山本の説明を聞かなくてもいい。この時点で、点と点はすでに結びついていた。
彼女は、元・平井フーズ社員。
元婚約者は、おそらく矢部研二。
浮気相手は、白川麗華。
そして指のひどい傷。
腹の底に、無視できない違和感が重く残る。
だが、それを整理する必要はなかった。自覚する前に、思考が先に動いていた。
本来なら、もう一段階精査すべき案件だ。
しかし今回は、結論が異様なほど早く出ている。
――仕事だ。
そう言い聞かせる必要がある時点で、もう答えは出ていた。
「なぁ山本。おまえ、俺の『裏の顔』を知ってるよな?」
「もちろん。だからこそ、言ってるんです」
彼女の口元が、わずかに吊り上がった。
「役職上の上司と一緒に、もう一度来社してもらいましょう。営業担当がどんな人間か、上層部に実態を見てもらうんです」
それは制裁じゃない。伊乃国屋として、排除すべき案件だ。
俺の口の端も、ほんのわずかに上がった。
――上等だ。
「安心しろ。きっちり根から『駆除』してやる。もう、戻れないところまで来ている」
山本は、胸につかえていたものが落ちたような顔で、静かに頷いた。
「うふふ。京先輩の、そういうところ……嫌いじゃありません」
「その『先輩』って呼び方、やめろ」
「じゃあ、昔みたいに『王子』って呼びましょうか?」
からかうような笑顔に、俺は肩をすくめるだけだった。
「お話ししたいことがあります」
本間に席を外してもらい、応接スペースで向かい合う。いつも冷静な彼女が、怒りを隠そうともしない表情をしていた。
「どうした、山本?」
仕事以外では、つい彼女を旧姓で呼んでしまう。
「社長。このまま断って終わりで、いいんですか?」
低く静かな声に、はっきりとした怒りがこもっている。
あの二人――矢部と白川。
横柄な態度、他人の努力を踏みにじる嘘、そして高橋を見下す視線。どれも、看過できるものではない。
「まずは、おまえの意見を聞こうか」
「仕事に私情を挟むべきじゃないのは分かってます。でも、今回のことは……看過できません。小宮ちゃんが、あまりにも可哀想です」
「……なるほどな」
『小宮』の名前を聞いた瞬間、心臓が静かに跳ね上がった。あの甘い一夜の映像が、一瞬で脳裏をかすめる。
だが、悟られるわけにはいかない。俺は、冷静さを装った。
これ以上、山本の説明を聞かなくてもいい。この時点で、点と点はすでに結びついていた。
彼女は、元・平井フーズ社員。
元婚約者は、おそらく矢部研二。
浮気相手は、白川麗華。
そして指のひどい傷。
腹の底に、無視できない違和感が重く残る。
だが、それを整理する必要はなかった。自覚する前に、思考が先に動いていた。
本来なら、もう一段階精査すべき案件だ。
しかし今回は、結論が異様なほど早く出ている。
――仕事だ。
そう言い聞かせる必要がある時点で、もう答えは出ていた。
「なぁ山本。おまえ、俺の『裏の顔』を知ってるよな?」
「もちろん。だからこそ、言ってるんです」
彼女の口元が、わずかに吊り上がった。
「役職上の上司と一緒に、もう一度来社してもらいましょう。営業担当がどんな人間か、上層部に実態を見てもらうんです」
それは制裁じゃない。伊乃国屋として、排除すべき案件だ。
俺の口の端も、ほんのわずかに上がった。
――上等だ。
「安心しろ。きっちり根から『駆除』してやる。もう、戻れないところまで来ている」
山本は、胸につかえていたものが落ちたような顔で、静かに頷いた。
「うふふ。京先輩の、そういうところ……嫌いじゃありません」
「その『先輩』って呼び方、やめろ」
「じゃあ、昔みたいに『王子』って呼びましょうか?」
からかうような笑顔に、俺は肩をすくめるだけだった。