[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
住宅街にある、可愛らしい外観のレディースクリニック。中に入ると、病院というよりカフェのような、柔らかな空気が広がっていた。

問診票を書こうとした、その時。

すぐに名前を呼ばれる。

「いいわよ〜。質問しながら書いていくからね」

現れたのは、明るくパワフルな女医、花村久美子(はなむら・くみこ)先生。ちゃきちゃきした江戸っ子口調に、少しだけ気がほぐれた。



質問に答えていく中で、生理の話題になったとき、思わず息が止まった。

――あれ?
最後に来たのは……9月?
今は11月で、10月は……来てない……?

慌てて携帯のアプリを開く。指先が少し震えていたのは、きっと焦っていたからだ。でも、嫌な予感は――的中していた。9月に最後の記録があって、10月は空白のまま。



「一応、検査しておきましょうね」

先生の何気ない言葉が、妙に遠く聞こえた。



検査結果を待つ間も、診察は淡々と進む。
特に異常は見つからない。
だからこそ、胸の奥で不安だけが、静かに膨らんでいった。



やがて、先生がカルテを見つめながら、静かに告げる。

「……妊娠ですね」



その言葉が、頭の中で何度も反響する。

確かに椅子に座っているはずなのに、私だけが、この世界からすっと外れていく。
ここにいるのに、存在していないみたいだった。まるで、少しずつ透明になって消えていくような感覚。

しばらくの間、時の流れが止まったように感じた。診察室の空気だけが、取り残されたみたいに。



意味は、分かっている。

けれど、心が拒んでいた。



花村先生は、私の動揺を悟ったのか、ゆっくりと言葉を重ねてくれた。

「人にはそれぞれ事情があるわ。あなたがどうしたいか、それを尊重してサポートするからね。驚いたでしょうけれど、どちらにせよ、できるだけ早く決断しましょう。あなたの体のためにも」

その声があまりに優しくて、逆に胸が締めつけられた。


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