[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜

平井フーズの問題がようやく片付き、俺は次の案件に取りかかることにした。

まずは烏丸悠士を、本社へ呼び戻す。

悠士は俺の幼なじみで、双子のように育った相棒だ。だが、ある事件の責任を取り、彼は新潟の研究所へ出向している。あれから6ヶ月。そろそろ戻す頃合いだと判断した。



とはいえ、悠士に連絡を取る前に、一人だけ話を通しておかなければならない人物がいた。彼の義妹であり、今回の件の中心にいる人物──圭衣ちゃんだ。

悠士が新潟へ送られたのは、大家族の掟を破り、彼女を深く傷つけたことが原因だ。圭衣ちゃんはいまも、悠士から届く謝罪の手紙を開封せず、代理人である弁護士・涼介に送り返し続けている。



直接の連絡は避け、涼介を通して面会の場を設けた。その席には、彼女の夫であり俺たちの仲間でもある大和、そして涼介も同席した。

結果として――

「悠士さんが、私に一切関わらないのなら、東京へ戻っても構わないわ」

圭衣ちゃんは、そう言ってくれた。



アパレル会社『Cool Beauty』の社長でもある彼女は、悠士不在の伊乃国屋本社の現状にも理解を示してくれていた。

圭衣ちゃんの了承を得たあとは、大家族会議だ。

じいちゃんたちの世代、父さんたちの世代、そして俺たちの世代。三世代が顔を揃え、悠士を呼び戻すかどうかを正式に協議した。



玄士おじさんが田舎暮らしに戻りたがっているのは周知の事実だ。圭衣ちゃんの了承もあり、異論は出ず、話はすんなりとまとまった。

すべての条件が整い、俺は悠士にメッセージを送った。

悠士は研究所勤務と修行という二足のわらじを履いている。

電話は滅多に繋がらず、俺たちのやり取りはほとんどメッセージだった。既読はすぐについたが、返事が来るまでに三日かかった。



三日後、携帯が鳴った。

『烏丸悠士』の文字を見た瞬間、胸が熱くなる。出向して以来、あいつの声を聞くのは初めてだった。懐かしさと、嬉しさが込み上げる。

だが、その感情は一瞬で冷えた。

「もう少し、新潟にいたいんだ」

悠士は、俺の呼び戻しを断った。



「今、取り組んでいる研究プロジェクトがある。仲間と一緒に、それを最後までやり遂げたいんだ」

真っ当な理由。
誠実な言葉。

あいつらしいと、わかっている。
それでも胸の奥で、黒い感情が渦を巻いた。



これまで悠士が、俺の言葉に背いたことは一度もない。

俺が呼べば、すぐにでも戻ってくる。
そう、信じていた。

なのに今、あいつの居場所は俺の隣じゃなく、新潟なんだ。

四十年近い絆が、音を立てて崩れ始めた気がした。いや、崩れたのは絆じゃない。

俺が、『あいつは必ず俺の隣にいる』と信じ切っていた、その思い込みだ。



いつも隣で支えてくれていたはずの悠士。

その存在に、俺はいつの間にか甘えていたのかもしれない。

あいつにまで背を向けられた。

そう思った瞬間、胸の奥が空っぽになる。

裏切られた。

そんな言葉が、自然に浮かんでしまうほど。


















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