[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
家族、仲間、地位。

俺は人間関係にも恵まれてきた。幼い頃から、何不自由なく育ち、金も名誉も女も、望めばすぐに手に入った。

ただ一つ、手に入らなかったものがある。
女からの、本物の愛情。



女たちが興味を持つのは、俺という人間ではない。『西園寺』という名と肩書きだけ。

そんなこと、とっくに気づいていた。だからこそ、俺もそれを利用した。肩書きも外見も、武器の一つとして。

女たちとの時間も、最初から割り切りだ。
お互い欲を満たし、去っていく。それで十分だと、ずっと思っていた。

……なのに、今回は違った。



小宮真帆子。

たかが一社員に、この俺が騙されるとはな。



マンションに帰る気にもなれず、気づけば足は、もう一つの馴染みのバーへ向かっていた。

ここは、『名無し』のように静かに飲む場所ではない。

バー『F』は、暗黙の了解で一夜限りを求める場所。会員制ではないが、訪れる客層は皆、会社役員クラス。女たちもまた、自立した女ばかりだ。



カウンターでウイスキーを口にしていると、背中に視線を感じた。

……いつもより、誘いが早いな。

そう内心で笑う。だが、こちらから動く気はない。



やがてヒールの音が近づき、女が俺の腕に手をかけた。

「よろしかったら、ご一緒しませんか?」

黒いスーツに赤いインナー。ライトブラウンの髪には、計算されたウェーブ。誘いを纏った、典型的な女だった。

バースツールで脚を組み、ヒールの甲で俺のふくらはぎを撫でる。頬杖をつき、胸元を強調する仕草。明らかに、誘っている。



――それなのに。

ふと、頭の中に浮かんだのは、
別の顔。

……小宮真帆子。

淡いリップに、控えめなワンピース。露出もなく、ただ静かにそこにいただけ。それなのに、なぜか目を離せなかった。

……無意識に、比べている。



いつもなら、こんな誘いには即答で乗る。ここは、そういう場所だ。

なのに今夜の俺は違った。

香水の強さに息が詰まり、艶めいた笑顔も、媚びた仕草も、すべてが安っぽく見えた。

心の奥で、何かが拒絶している。

苛立ちがこみ上げ、俺は女の手を無言で払いのけた。



すっと立ち上がり、冷たい視線を向ける。

言葉は要らなかった。この沈黙こそが、答えだ。

女が何か言いかけたが、その声すらも聞く気になれず、俺はカウンターを離れてバーを出た。



自分の中に、確かな変化を感じていた。

この俺が、誘いを断るなんて。

心のどこかで、まだ真帆子を引きずっている。

その事実に気づいた瞬間、思わず自嘲した。



バーを出ても、心は晴れなかった。ただ夜風に当たり、どこへ行く気にもなれず、虚ろな足取りで帰宅する。

酒を煽っても、酔えない。
眠気に落ちるだけの、虚しい夜だった。
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