[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
翌日も、俺はいつも通り仕事に没頭した。余計なことを考える隙を、自分に与えないために。だが、仕事から離れた途端、糸が切れた。まるで操り人形の糸が、ぷつりと切れたみたいに、力が抜けていく。



憂さ晴らしにバー『F』へ行く気にもなれなかった。

結局、自宅でひとり。虚しい酒をあおり、意識が曖昧になるまで飲んだ。

俺って……こんなにも、弱かったか?



翌朝、金曜日。

霞がかったような意識で目を覚まし、シャワーを浴びても、頭の重さは抜けなかった。

ワイシャツの第一ボタンを外したまま、ネクタイもせずに車に乗り込む。



伊乃国屋ビルの地下駐車場に車を止め、ネクタイに手を伸ばすが、結局そのままポケットへ放り込んだ。

静まり返った駐車場に、足音だけが響く。

早朝の社内に人影はない。
気が緩んでいた。

エレベーターに乗り込み、無表情のまま階数ボタンを押す。

そして、1階で止まった瞬間、息をのんだ。



ドアが、ゆっくりと開く。

そこにいたのは――小宮真帆子。



目を見開いたまま、立ちすくむ彼女。
俯いたまま、動かない。

「……早く入りなさい」

苛立ちを隠しきれずに声をかけるが、彼女は反応しない。

閉まりかけるドアの前で、思わず腕を伸ばしていた。

手首を掴むと、彼女が小さく声を上げ、バランスを崩して倒れそうになる。

慌てて腕で支えると、ふわりと香りが広がった。



……あの夜と、同じ匂い。

一瞬で、体が反応する。

だが、腕の中の彼女は、ぎこちなく固まっていた。

「すまない。強く引くつもりはなかった」

「た、助けていただき……ありがとうございます」



短い会話のあと、エレベーターの中には、気まずい沈黙が漂う。

反射したドア越しに見える彼女の顔は、青白く、冷や汗が滲んでいる。

それでも彼女は何も言わず、階数表示だけを、じっと見つめていた。



突然、彼女が階数ボタンを連打した。

5階。

そこは、バイヤー部のフロアではない。



戸惑う間もなく、ドアが開いた瞬間、彼女は逃げるようにエレベーターを飛び出した。

バッグを放り出し、廊下を駆け抜け、そのままトイレへ消えていく。

俺はゆっくりと彼女の跡を追った。

床に落ちたバッグを拾い上げ、トイレ前の壁にもたれて立ち尽くす。

中から、物音ひとつしない。



……やはり、様子がおかしい。

顔色の悪さ。額の汗。
あのときから、体調が優れなかったのかもしれない。

少しでも回復してくれと、心の中で祈っている自分に気づく。



……こんなにも、彼女のことが気になるなんて。

それをほんの少し認めてしまった自分に、
俺自身が一番、驚いていた。



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