[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
「チッ、やっと来たのか。遅かったじゃねーか」
えっ?
まだ約束の10分前だけど。
なんか、相当イライラしてるな。
機嫌を直してほしくて、話題を変えた。
「このあと、どこで食べる? 研二は何がいい?」
「ハァー。ウゼェな。おまえに話があるから、わざわざ来てやったんだよ」
嫌な予感がして、指先が冷たくなる。
「まあ、率直に言う。おまえとは結婚しない。婚約は破棄だ」
「……な、何言ってんの? 冗談、でしょ?」
「ふん。おまえみたいな地味でつまらない女が、俺と本気で釣り合うと思ってんの?」
頭のてっぺんから、氷水を浴びせられた気分。口の中が、からからに乾く。鼓動が速すぎて、胸が痛くなる。
冗談じゃない。
これは、本気の顔だ。
椅子に深く腰掛け、腕を前で組んだ彼。どこか上から目線で、私を嘲笑うような視線。
「おまえは昇進の駒。本命ができるまでの繋ぎだ。3ヶ月後の昇進は固い。もう用済みなんだよ」
小馬鹿にしたように、口角を上げた。
「仕事だけは正確だったな。課は違っても、資料まとめてくれて助かったよ」
それに――
「不感症。抱いても萎える。俺は『真実の愛』を見つけた。若くて、相性も最高」
ガリッ。
「うっ……」
小さな音が、指の痛みと一緒に耳に残る。
いきなり左手を掴まれ、指輪が乱暴に引き抜かれた。
「返してもらう。売って、新しい指輪を買うから。ほーんと、退職してくれて助かったわ。変な噂も立たねぇし」
彼はちゃっかり伝票だけ残し、足早に立ち去った。
テーブルの上には、カップが二つ。私は椅子に沈んだまま、呼吸の仕方を忘れていた。
「お待たせいたしました。モヒートです」
その声にハッとして、一瞬で現実に戻された。目の前に置かれたグラス。ライムの輪切りとミントの緑が、砂漠で見つけたオアシスに見えた。
ひと口。
ミントの清涼、ライムの酸味、傷ついた心に優しい甘さ。アルコールの強さは、あまり感じない。
うん。これなら、飲める。
これなら乾いた心を潤して、忘れられるかも。
しばらくして、私は二杯目を頼んだ。江戸切子の影がキャンドルの光を受けて、カウンターに揺れる。
右手で頬杖をつき、ぼんやりと炎を見つめる。
また、彼の言葉が甦る。
『地味』
『つまらない』
『堅物三十路女』
『昇進の駒』
『不感症』
研二の言葉で胸の奥を、土足で踏み荒らされた。その一歩一歩が、深い足跡となって、まだ鮮明にそこにくっきりと残っている。
どうして、こんな酷いこと。
今さら、涙が出そうになる。
首を小さく横に振って、頭の中の『コバエ』を追い払う。
つい癖で、指先で左薬指の指輪を探すが、何もない。赤く腫れた跡と疼く痛みだけが残っている。
長い溜息。
グラスの底を見つめる。
その時、離れた席からの視線には、気づかなかった。
「チッ、やっと来たのか。遅かったじゃねーか」
えっ?
まだ約束の10分前だけど。
なんか、相当イライラしてるな。
機嫌を直してほしくて、話題を変えた。
「このあと、どこで食べる? 研二は何がいい?」
「ハァー。ウゼェな。おまえに話があるから、わざわざ来てやったんだよ」
嫌な予感がして、指先が冷たくなる。
「まあ、率直に言う。おまえとは結婚しない。婚約は破棄だ」
「……な、何言ってんの? 冗談、でしょ?」
「ふん。おまえみたいな地味でつまらない女が、俺と本気で釣り合うと思ってんの?」
頭のてっぺんから、氷水を浴びせられた気分。口の中が、からからに乾く。鼓動が速すぎて、胸が痛くなる。
冗談じゃない。
これは、本気の顔だ。
椅子に深く腰掛け、腕を前で組んだ彼。どこか上から目線で、私を嘲笑うような視線。
「おまえは昇進の駒。本命ができるまでの繋ぎだ。3ヶ月後の昇進は固い。もう用済みなんだよ」
小馬鹿にしたように、口角を上げた。
「仕事だけは正確だったな。課は違っても、資料まとめてくれて助かったよ」
それに――
「不感症。抱いても萎える。俺は『真実の愛』を見つけた。若くて、相性も最高」
ガリッ。
「うっ……」
小さな音が、指の痛みと一緒に耳に残る。
いきなり左手を掴まれ、指輪が乱暴に引き抜かれた。
「返してもらう。売って、新しい指輪を買うから。ほーんと、退職してくれて助かったわ。変な噂も立たねぇし」
彼はちゃっかり伝票だけ残し、足早に立ち去った。
テーブルの上には、カップが二つ。私は椅子に沈んだまま、呼吸の仕方を忘れていた。
「お待たせいたしました。モヒートです」
その声にハッとして、一瞬で現実に戻された。目の前に置かれたグラス。ライムの輪切りとミントの緑が、砂漠で見つけたオアシスに見えた。
ひと口。
ミントの清涼、ライムの酸味、傷ついた心に優しい甘さ。アルコールの強さは、あまり感じない。
うん。これなら、飲める。
これなら乾いた心を潤して、忘れられるかも。
しばらくして、私は二杯目を頼んだ。江戸切子の影がキャンドルの光を受けて、カウンターに揺れる。
右手で頬杖をつき、ぼんやりと炎を見つめる。
また、彼の言葉が甦る。
『地味』
『つまらない』
『堅物三十路女』
『昇進の駒』
『不感症』
研二の言葉で胸の奥を、土足で踏み荒らされた。その一歩一歩が、深い足跡となって、まだ鮮明にそこにくっきりと残っている。
どうして、こんな酷いこと。
今さら、涙が出そうになる。
首を小さく横に振って、頭の中の『コバエ』を追い払う。
つい癖で、指先で左薬指の指輪を探すが、何もない。赤く腫れた跡と疼く痛みだけが残っている。
長い溜息。
グラスの底を見つめる。
その時、離れた席からの視線には、気づかなかった。