[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
しばらくして、トイレのドアがゆっくりと開いた。
そこには、先ほどよりもさらに血の気の引いた彼女が立っていた。
俺に気づいた瞬間、彼女はまたその場で硬直する。
驚き、戸惑い、そして怯え。
顔色は悪く、立っているのもやっとのようだった。
このまま仕事を続けさせるわけにはいかない。床に置かれたバッグを手に取り、俺は彼女の前に歩み寄る。
「……帰りなさい。迷惑だ」
語気は強かった。だが、それは叱責ではない。
余計な言葉を重ねず、休む理由を与えるための言葉だった。
彼女は唇を噛み、涙を堪えている。
それは、あの日、社長室を出ていったときと同じ顔だった。
俺は無言で背に手を添え、エレベーターへ促した。
ドアが閉まり、彼女の姿が見えなくなっても、胸の奥がスッキリしない。
体調の悪い彼女を、一人で帰してよかったのか。
車で送るべきだったのではないか。
もう少し、別の言い方があったんじゃないか。
……俺には関係ない。
彼女のことなんて。
そう思おうとしても、エレベーターのドアが閉じた瞬間の彼女の顔が、何度も頭に浮かんでは消えなかった。
社長室に戻っても、どうしても落ち着かない。
気づけば、内線で警備室に連絡していた。
「小宮さんなら、駅の方へ歩いていきましたよ。かなり具合が悪そうだったので、タクシーを呼びましょうかと声をかけたんですが、断られまして」
警備員の言葉に、身体の奥に鈍い重さが落ちた。
あの体調で、一人で帰したのか。
後悔と不安が、内側で渦を巻く。
居ても立ってもいられず、無意識のうちにエレベーターのボタンを押していた。
向かった先は、彼女の所属するバイヤー部、7階。
出社していた主任・高橋のもとへ、足早に近づく。
「小宮真帆子が、体調不良で帰宅した。
彼女に連絡を取って、無事に家に着いたか確認してくれ。様子も、分かり次第報告を頼む」
高橋は驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。
「えっ……あ、はい。わかりました。それにしても社長、まさか走って来られたんですか?」
その言葉に、俺は何も答えず踵を返した。
背中に向けられた高橋の静かな微笑みに、俺は気づかなかった。
ただ、胸のざわつきだけが、いつまでも静まらなかった。
それが心配なのか。
後悔なのか。
それとも――
俺はまだ、その名前を完全には認めたくなかった。
そこには、先ほどよりもさらに血の気の引いた彼女が立っていた。
俺に気づいた瞬間、彼女はまたその場で硬直する。
驚き、戸惑い、そして怯え。
顔色は悪く、立っているのもやっとのようだった。
このまま仕事を続けさせるわけにはいかない。床に置かれたバッグを手に取り、俺は彼女の前に歩み寄る。
「……帰りなさい。迷惑だ」
語気は強かった。だが、それは叱責ではない。
余計な言葉を重ねず、休む理由を与えるための言葉だった。
彼女は唇を噛み、涙を堪えている。
それは、あの日、社長室を出ていったときと同じ顔だった。
俺は無言で背に手を添え、エレベーターへ促した。
ドアが閉まり、彼女の姿が見えなくなっても、胸の奥がスッキリしない。
体調の悪い彼女を、一人で帰してよかったのか。
車で送るべきだったのではないか。
もう少し、別の言い方があったんじゃないか。
……俺には関係ない。
彼女のことなんて。
そう思おうとしても、エレベーターのドアが閉じた瞬間の彼女の顔が、何度も頭に浮かんでは消えなかった。
社長室に戻っても、どうしても落ち着かない。
気づけば、内線で警備室に連絡していた。
「小宮さんなら、駅の方へ歩いていきましたよ。かなり具合が悪そうだったので、タクシーを呼びましょうかと声をかけたんですが、断られまして」
警備員の言葉に、身体の奥に鈍い重さが落ちた。
あの体調で、一人で帰したのか。
後悔と不安が、内側で渦を巻く。
居ても立ってもいられず、無意識のうちにエレベーターのボタンを押していた。
向かった先は、彼女の所属するバイヤー部、7階。
出社していた主任・高橋のもとへ、足早に近づく。
「小宮真帆子が、体調不良で帰宅した。
彼女に連絡を取って、無事に家に着いたか確認してくれ。様子も、分かり次第報告を頼む」
高橋は驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。
「えっ……あ、はい。わかりました。それにしても社長、まさか走って来られたんですか?」
その言葉に、俺は何も答えず踵を返した。
背中に向けられた高橋の静かな微笑みに、俺は気づかなかった。
ただ、胸のざわつきだけが、いつまでも静まらなかった。
それが心配なのか。
後悔なのか。
それとも――
俺はまだ、その名前を完全には認めたくなかった。