[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
喫茶Bonを出て、駅へ向かう途中、主任がふと思い出したように言った。

「そういえばね、小宮ちゃん。あなたが始業前に帰ったあの日、社長が朝一でバイヤー部に来たのよ」

「えっ……?」

「驚いたわ。今まで社長が直接この部に来たことなんてなかったし、いつもなら秘書の本間さんが連絡をくれるのに。なのに、あの日は本人が息を切らして慌てて来たの」

私は思わず、口に手を当てた。

「どうやらあなたの体調を心配していたみたい。無事に着いたと伝えたら、ホッとした顔をしてたわ。その後も、何度か様子を聞いてきたのよ」

その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。

内線ではなくて、わざわざ7階の企画部に降りてきたって……彼は、心配してくれていたの?

彼女の言葉を聞いても、素直に、喜べない自分がいる。



そして、主任は話題を切り替えた。

「小宮ちゃん、これからの仕事のことだけど。リモートで働ける職場を探してるんだよね?」

私は、うなずいた。

「うちでも条件次第でリモートはできるけど……まあ、色々あるわね」

主任は、少し寂しそうに笑って、私の肩を軽く叩いた。

「医療事務って知ってる? 在宅でできる仕事なの。資格を取れば、出産後も続けられるのよ」

「……医療事務、ですか? 私でもできるんでしょうか?」

「実はね、親友が在宅スタッフを探してるの。信頼できる人だから、もし興味があるなら紹介するわ」

「ぜひ、お話を聞かせてください」

「じゃあ、すぐ連絡してみる! 明日の仕事終わりに、三人で会えるようにしておくね」

主任の行動力に、また救われる。

――けれど、そのときの私は。

ひとつだけ、重大なミスを犯していた。

それが、誰に、どんな波紋を広げることになるのか……

この時の私は、まだ、知る由もなかった。

この時はまだ。


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