[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
目を覚ました瞬間、清潔なリネンの香りと柔らかな照明に包まれていることに気づいた。
白を基調とした空間。整えられたベッドとソファ、観葉植物。
そして、腕には点滴のチューブ。
まるで病室というより、静かな夢の中にいるようだった。
視線の先で、ソファにいた主任と葵さんが立ち上がる。
「真帆子ちゃん、大丈夫? 急に倒れたのよ。体、つらくない?」
「はい……すみません。もう大丈夫です」
声が震えた。起き上がろうとしたとき、葵さんがそっと支えてくれる。
「今は無理しちゃダメ。ここで一晩、ゆっくり休んで」
頷くしかなかった。
沈黙ののち、主任が静かに切り出す。
「ねぇ、小宮ちゃん……」
その声に、胸が締めつけられる。
聞きたくない。でも、きっといつか来ると思っていた問いだった。
「あなたが一夜を共にして……そのあと再会した、その相手」
「文香、今じゃないよ」
葵さんが、はっきりと制する。けれど主任は私から視線を逸らさず、言葉を継いだ。
「今だからこそよ。もしその相手が誰かによっては、私は許せないと思うの。葵もそうよね?」
「うん。私もあの人に納得できないことがある。でもね、真帆子ちゃんを見ればわかるの。あの子たちみたいに、名前と家柄だけを見てる人じゃないって」
二人の言葉には、怒りと悲しみが滲んでいた。
「小宮ちゃん……その人って、うちの社長……西園寺京さん?」
空気が、一瞬でピリッと凍りついた。
私は何も言えず、喉が塞がったまま視線を伏せる。ただ、瞳から涙を溢さないように堪えた。ぎゅっと唇を噛みしめながら。
この人たちにも、知られちゃいけない。
苦しくて、情けなくて、でも――それでも。
彼の名だけは、言いたくなかった。
言わないことでしか、彼を、そして私たちの赤ちゃんを守れない気がした。それはきっと、まだ彼を想っている証。
沈黙の中で、主任と葵さんが静かに息を呑む。それが、すべての答えだった。
「今日はもう、ゆっくり休んで」
葵さんが毛布を肩まで引き上げてくれた。その優しさに、また涙が込み上げる。けれど私は、ただ小さく頷くだけだった。
葵さんは、少し悲しげな表情で主任の腕を取る。
「文香、今夜はもう帰ろう。真帆子ちゃんの中には、まだ誰にも踏み込ませたくない想いがある。今はそれを守ってあげたいの」
「……うん。私も同じ気持ち」
ふたりの足音が遠ざかり、ドアが静かに閉まる。部屋は再び、柔らかな灯りと静寂に包まれた。
毛布の中で、ぎゅっと目を閉じる。
これで、もう放っておいてもらえるよね?
彼とも、その周りの人たちとも、きっぱり関係を断てる。
……そのはずだった。
胸の奥に残るぬくもりと痛みで、眠れずにいる。目を閉じたまま、私は祈った。
どうか、すべてが静かに流れていきますように。
――しかしこのあと、葵さんがひとつの無茶な行動を起こすなんて、誰が想像できただろう。
白を基調とした空間。整えられたベッドとソファ、観葉植物。
そして、腕には点滴のチューブ。
まるで病室というより、静かな夢の中にいるようだった。
視線の先で、ソファにいた主任と葵さんが立ち上がる。
「真帆子ちゃん、大丈夫? 急に倒れたのよ。体、つらくない?」
「はい……すみません。もう大丈夫です」
声が震えた。起き上がろうとしたとき、葵さんがそっと支えてくれる。
「今は無理しちゃダメ。ここで一晩、ゆっくり休んで」
頷くしかなかった。
沈黙ののち、主任が静かに切り出す。
「ねぇ、小宮ちゃん……」
その声に、胸が締めつけられる。
聞きたくない。でも、きっといつか来ると思っていた問いだった。
「あなたが一夜を共にして……そのあと再会した、その相手」
「文香、今じゃないよ」
葵さんが、はっきりと制する。けれど主任は私から視線を逸らさず、言葉を継いだ。
「今だからこそよ。もしその相手が誰かによっては、私は許せないと思うの。葵もそうよね?」
「うん。私もあの人に納得できないことがある。でもね、真帆子ちゃんを見ればわかるの。あの子たちみたいに、名前と家柄だけを見てる人じゃないって」
二人の言葉には、怒りと悲しみが滲んでいた。
「小宮ちゃん……その人って、うちの社長……西園寺京さん?」
空気が、一瞬でピリッと凍りついた。
私は何も言えず、喉が塞がったまま視線を伏せる。ただ、瞳から涙を溢さないように堪えた。ぎゅっと唇を噛みしめながら。
この人たちにも、知られちゃいけない。
苦しくて、情けなくて、でも――それでも。
彼の名だけは、言いたくなかった。
言わないことでしか、彼を、そして私たちの赤ちゃんを守れない気がした。それはきっと、まだ彼を想っている証。
沈黙の中で、主任と葵さんが静かに息を呑む。それが、すべての答えだった。
「今日はもう、ゆっくり休んで」
葵さんが毛布を肩まで引き上げてくれた。その優しさに、また涙が込み上げる。けれど私は、ただ小さく頷くだけだった。
葵さんは、少し悲しげな表情で主任の腕を取る。
「文香、今夜はもう帰ろう。真帆子ちゃんの中には、まだ誰にも踏み込ませたくない想いがある。今はそれを守ってあげたいの」
「……うん。私も同じ気持ち」
ふたりの足音が遠ざかり、ドアが静かに閉まる。部屋は再び、柔らかな灯りと静寂に包まれた。
毛布の中で、ぎゅっと目を閉じる。
これで、もう放っておいてもらえるよね?
彼とも、その周りの人たちとも、きっぱり関係を断てる。
……そのはずだった。
胸の奥に残るぬくもりと痛みで、眠れずにいる。目を閉じたまま、私は祈った。
どうか、すべてが静かに流れていきますように。
――しかしこのあと、葵さんがひとつの無茶な行動を起こすなんて、誰が想像できただろう。