[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
何やら玄関のほうで言い争う声が聞こえていたが、酔いもあって気にもならなかった。



だが次の瞬間、リビングのドアが乱暴に開かれる。現れたのは、困惑した雅と、鬼の形相の妹・葵だった。

「おぉ、珍しいな。おまえがここに来るなんてな」

気の抜けた挨拶に、葵は苛立ちを隠さず歩み寄り、俺の前に仁王立ちした。

「いい加減にしてよね。あんないい子を陥れて、何が楽しいの?」

「はあ? 誰のことだよ」

「兄ちゃんが適当に遊んで捨てていい子じゃないの! どこまで女を舐めてるの、このクズ兄貴!」

「おい、やめろって!」

雅が止めに入るが、葵の怒りは止まらない。
涼介は隣で無言。さすが弁護士、表情ひとつ動かさない。



俺は葵の言葉を反芻(はんすう)する。

『あんないい子』?

唯一、心当たりがあるとすれば――
小宮真帆子。

チッ、どうして葵があの女を知ってる?
まさか泣きついたのか?
脅しか?

……結局、金目当てか?

そう考えた瞬間、口の奥に嫌な苦味が広がった。疑う理由を探している自分が、はっきり分かる。

彼女を信じないための言い訳を、俺は無意識に積み上げていた。

「葵、おまえはあの女に何を吹き込まれたんだ? 脅かされてんのか?」

「『あの女』ってなによ!――小宮真帆子ちゃんよ!」

「名前なんてどうでもいい。どうせお前にも、金目当てで近づいたんだろ? 俺の時みたいに……過去の女たちが何度もそうだった」

その一言に、葵は目を見開いた。
雅も涼介も、黙って俺たちを見ている。



やがて、葵が静かに言った。

「やっぱり……誤解があるのかも。ねぇ京兄ちゃん、真帆子ちゃんと出会ってから、どうして『あの女』呼ばわりするようになったの? 話して」

冷静な葵の声に、俺も少しずつ落ち着きを取り戻す。感情をぶつけられるより、こうして静かに問い詰められる方が、よほど堪えた。

逃げ道を塞がれた気がして、言葉を選ぶ余裕がなくなる。

フーッと大きく息を吐き、バーでの出会いから、白い封筒、エレベーターでの会話まで、すべて話した。

これで小宮真帆子の『金目当て』は明白になるはずだった。

だが、返ってきたのは沈黙と、雅と涼介の呆れ顔だった。

「いや、これ完全に兄ちゃんのほうから誘ってるよ。彼女じゃない」

雅の指摘に、思わず言葉を失う。

――そうだった。

あの夜、彼女の腕を掴んだのは、紛れもなくこの俺だ。

「でもさ、兄ちゃん。自分がどうだったか、思い出してみなよ。人のこと言える立場じゃないぞ」
< 52 / 70 >

この作品をシェア

pagetop