[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
第6章: 再生?

真帆子

翌朝。

外は、まだ白み始めたばかりだった。
ぼんやりと天井を見つめながら、私はまだ夢の中にいるような感覚に包まれていた。

昨日よりも、ほんの少しだけ気分が軽い。眠れなかったはずなのに、不思議と体は軽く、起き上がることもできた。

部屋の隅には、畳まれた着替えと、新しい歯ブラシ。小さな紙袋の中には、母子手帳の申請書類と栄養ドリンク、そして一枚のメモ。

『何も言わなくていい。ただ、あなたが笑える日がくるように。──葵』

指先でその文字をなぞると、胸の奥に温かいものがゆっくりと広がっていく。言葉にしない優しさが、どれほど人を救うのか。今、ようやくわかった気がした。

それでも、心のどこかがまだ揺れている。
彼のことを忘れなければと思うほど、忘れられない。

けれど、この想いは誰にも言ってはいけない。

私の中だけで、そっと育てていこう。
この子と共に、生きていくために。
それだけで、十分だ。

 

帰り支度を整えると、携帯のライトが点滅していた。二通のメッセージ。ひとつは恵子。

もうひとつは主任からで、『今日は帰宅して、休むように』という短い連絡だった。

彼から、そして、彼に関わる人たちから離れると決めたはずなのに。結局、私は今も、その優しさに支えられ、甘えている。

 

アパートに戻ると、次に考えるのは仕事のことだった。

恵子が知人を通して見つけてくれたリモートワークに、採用されたという連絡も入っていた。仕事内容は、今までとほぼ同じ。それに、慶智の王子たちとは無関係な会社だという。

お給料は少し下がるけれど、慰謝料と貯金がある。

それでも、この先を思えば不安は尽きない。
伊乃国屋に残るか、葵さんの医療事務を選ぶか。答えは、もうわかっている。

けれど今は、『すべきこと』じゃなくて、『したいこと』を選んだ。たとえ、余裕がなくなっても。

 

あと二週間。

それだけ耐えれば、もう彼に迷惑をかけずにすむ。彼に会わなくていい。これ以上、嫌われることもないだろう。

ずっと気づかぬうちに、西園寺京と『慶智の王子たち』という見えない網に、絡め取られていた私。

ようやく、そこから解き放たれようとしている。

――これで、いいんだよね?

そうでなければ、また立ち止まってしまいそうで、怖かった。
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