[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
「もう、涼介のことは知っているよね。右隣にいるのが、弟だ」

「初めまして。西園寺雅です。お会いできて嬉しいです」

柔らかく微笑む彼。葵さんの双子の弟。以前、ネット記事で見た顔だ。

……私は、お会いできて嬉しくなんかない。

なぜ、ここに?
それに、どうして涼介先生まで?
一体、何が始まるの?

――まさか、バレた?

嫌な予感が、全身を駆け抜ける。思わず、お腹に手を当ててしまう。呼吸も、自然と速く、浅くなる。

本来なら、笑顔で挨拶すべきなのに、それすらできない。とにかく、警戒しなければ。そう、心が叫んでいた。

 

そんな私の様子に気づいたのか、涼介先生が口を開いた。

「小宮さん、今日は確認したいことがあって呼んだんだ。その前に、京兄ちゃん。言うことあるんだろ?」

どこか親しげな調子。その距離感が、胸に刺さる。

……やっぱり私は、ここでは完全に場違いだ。

社長は、ゆっくりと私を見つめた。

「小宮さん。以前、俺の言葉で君を傷つけたことを謝りたい。あの時は気持ちが乱れていて、君の話も聞かずに一方的に非難した。本当に、申し訳なかった」

真っ直ぐな視線。
思ってもみなかった言葉。

胸の奥が、わずかに揺れた。

謝られるなんて、思っていなかった。
それも、こんなふうに、正面から。

 

……でも、同時に思い出してしまう。

『二度と、俺の前に現れるな』

あの声。
あの視線。
あの、突き放すような冷たさ。

一度、深く傷ついた心は、簡単には戻らない。

――信じてもいいのかもしれない。

そんな考えが、ふっと浮かびかけて、すぐに打ち消す。だって、ここは社長室。私は呼び出された側で、相手は会社の頂点に立つ人。
優しい言葉ほど、あとで形を変える。そういう場面を、私は何度も見てきた。

 

信じたいと思った瞬間に、何かを差し出すことになる。そんな予感がして、無意識に拳を握りしめる。

正直、どう答えればいいのか分からなかった。

『はい、分かりました。あなたを許します』

そんな言葉が、口から出るはずもない。今はただ、早くこの場から立ち去りたかった。

 

何も言えず、視線を落としたままの私に、涼介先生が口を開く。

「小宮さん。まず確認したいのは……京兄ちゃん、俺が聞こうか?」

「いや、俺が話す」

社長は小さく息を吐いた。

顔を上げた瞬間、視線が重なった。どこかぎこちない様子で、あの冷徹な人とは別人のように見える。

そこにあったのは、先日の怒りではなかった。初めて会った夜に向けられた、あの静かな優しさ。

……また、心が揺れかける。

 
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