[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
けれど――

「君は、妊娠しているんだろう?」

その言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。ピリついた気配が、部屋全体ではなく、私だけを囲い込んだように感じる。

三人の視線。
誰も声を荒げていないのに、まるで答えを一つに絞るための会議にかけられているみたいだった。

 

ここにいるのは、私の身体の話をする人たち。けれど、私自身の席は、最初から用意されていない。

それが、いちばん苦しかった。

「もし俺の子だった場合の話だが……子どものためにも、籍を入れるべきだと思っている。DNA鑑定の結果を見てからだが」

胸の奥が、ズキンと痛んだ。

……信じてもらえていない。

社長だけじゃない。涼介先生も、同じ場所に立っている。

やっぱり、彼らは『仲間』なんだ。

 

元婚約者とのこと。
体の関係がなかったこと。
あのとき、私は全部正直に話した。

信じてくれたと思っていた。少なくとも、疑われる側ではないと。それなのに今、私はここで、『可能性』として並べられている。

言葉は、もう十分に差し出したはずだった。
それでも足りなかったのだと、静かに突きつけられた気がする。

それに――
彼の言葉にあったのは、私への想いじゃない。

子ども。
立場。
責任。

そこに、私の気持ちはなかった。

好きも、愛しているも。
一度だって、口にされたことはない。

そんな結婚を、私は望まない。

愛のない夫婦のもとで、この子を育てたくなんてない。それなら私は、選ばれなかった妻になるより、選んだ母になる。

 

その空気を察したのか、弟の雅さんが、言葉を選ぶように口を開いた。

「誤解しないでほしい。ただ……婚約破棄の直後だったと聞いていて」

誤解?

頭が、確実にスーッと冷えていく。

彼と涼介先生だけじゃない。初対面のこの人にまで。

どうして、ここにいる全員に説明しなければならないのだろう。
どうして、この子のことを、私の知らない場所で整理される前提になっているのだろう。

DNA鑑定。
条件付きの結婚。

それは、私を守る話じゃない。

 

頭では、分かっていた。この人たちは、私を傷つけようとしているわけじゃない。正しさの話をしているだけだ。――彼の立場と責任と、将来の話。

けれど、それが私の救いかどうかは、別だった。

 

ここで頷けば、楽になる。
守られる側に回れる。

それでも、心が静かに拒んでいた。

私は、誰かの判断の結果として、母親になるわけじゃない。この子を守ると決めるのは、私自身でなければならない。
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