[慶智の王子・西園寺京の物語]ラブストーリーは一夜の過ちから始まる〜アラフォー男と三十路女の拗らせ恋愛〜
オマケ:王子たちに物申す夜

葵サイド

「やっぱり、あの人だったんだ……」


病院のエントランスを出てから、ずっと無言だった私がようやく口を開いたのは、近衛総合病院の駐車場だった。

助手席でハンドルを握る私を、文香がちらりと横目で見る。


「……」

「真帆子ちゃんは、何も言わなかった。でも、あの沈黙がすべてだった」


“あの京兄”が、またやってしまったのだと、私はすぐに察していた。

恋の始まりに、名前も立場も関係ない。
けれど、その後の振る舞いがすべてを決める。

私は知っている。彼がどれだけ不器用に人を遠ざけてしまうか。どれだけ臆病で、どれだけ真剣に、愛を恐れているかを。


「文香……このまま放っておいたら、あの子は本当に誰にも頼らず、全部抱え込んで生きていこうとする。そういう子よ。それは、優しすぎるってことでもあるの」

「わかるよ。私も彼女のそんなところ、ずっと見てきた。でも、どうするつもり?」


私の視線は、まっすぐ前を見据えていた。


「動くしかないよ。どれだけバカで鈍感でも、今度ばかりは目を覚まさせてやらないと。私は、京兄ちゃんを軽蔑したままでいたくない」


その瞳には、もう迷いはなかった。

誰にも頼れない女の子を、誰にも傷つけさせない。

やっと“友だち”になれたと思った子を。たとえそれが、自分の家族を相手にすることでも。

私は、そう決めたのだ。



これまで、あの人たちの軽薄な行動で、どれだけ私が苦労してきたか。それを、まだ誰も知らない。


彰人以外は。

 

私には、女友達がひとりしかいない。
元来は明るく社交的だった私が変わっていったのは――
そう、慶智の中等部に進学してからだった。

今まで仲が良かった子たちが、次第に私から離れていき、気づけば、嫌がらせを受けるようになっていた。

原因がわからなかった。人を傷つけたり、何か悪いことをした覚えなんてない。

初めは、ごく身近な女の子たちだけだった。
でもそれは、すぐに学年全体、そして中等部、高等部へと広がっていった。

無視されるだけならまだいい。
いきなり罵倒されたり、肘で小突かれたり。

そんな日々のなかで、手を差し伸べてくれたのが、山本文香だった。



幼稚舎から大学までエスカレーター式で進学できる慶智学院。リベラル派の御曹司や御令嬢たちがこぞって通うその名門校に、一般家庭育ちで、中等部受験の特待生として入学した文香は、はじめから異彩を放つ存在だった。

周囲から一目置かれていた彼女は、学級委員を務めていて、曲がったことが嫌いらしい。
私を煙たがる女子生徒たちにも毅然とした態度で接し、陰でさりげなく、私を気遣ってくれた。

いじめられっ子の私と、慶智のお嬢様たちに馴染めなかった“異端者”の文香。

私たちが自然と仲良くなるまでに、そう時間はかからなかった。
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