暁に星の花を束ねて
葵は黙ったまま視線を落とした。
(気づかなかった……。わたしの前では、そんなそぶりひとつ見せなかったのに……)
胸の奥に冷たいものと温かいものが同時に流れ込む。
彼がどれほど無理をしているのか、そしてそれを自分に隠そうとしているのか。
葵は唇を噛んだ。
「葵ちゃん?」
結衣が不安そうに覗き込む。
「……うん、大丈夫。ありがとう、教えてくれて」
葵はかろうじて笑顔を作ったが、その声はわずかに震えていた。
(この前、温室で話してた商談……)
葵は心の奥で小さくつぶやく。
「だめだったんだ……」
試料台の上に置かれたステラ・フローラの小枝が、空調の風にかすかに揺れた。
その透明な葉の表面にホログラムの光が反射し、
まるで遠い星の瞬きを閉じ込めたように淡く輝いていた。
沈黙を破ったのは、結衣の小さな声だった。
「……それでね、佐竹部長が行方不明なんだって」
その言葉が、静寂の空気を切り裂いた。
「行方不明?」
思わず顔を上げた葵の声が、わずかに震える。
結衣はうつむいたまま頷いた。
「みんな探してて……葵ちゃんなら、わかるかなって思って」
白衣の袖口を握る指がかすかに強張る。
葵の胸の奥に、重く冷たいものが落ちた。
(佐竹さんが姿を消すなんて……)
心のどこかで否定しながらも、脳裏には静かな夜の温室が浮かんでいた。
ガラス越しに差す月光、並んだ鉢植え。
そして無言でステラ・フローラの花弁に触れる、佐竹の黒手袋。
(わたしの温室に、いつもいるもんね……)
葵は自分に言い聞かせるように微笑み、白衣の裾を翻した。
「わかった、探してみるね」
結衣が何か言いかけたが、葵はもう扉の方へ向かっていた。
足音が廊下に響く。
ガラスの向こうで夜の風が葉を揺らす。
ステラ・フローラの透明な花弁が、葵の背中を照らすように淡く瞬いた。