暁に星の花を束ねて
(あのお兄さんは……本当に……佐竹さん……?)
喉の奥が熱くなる。
信じたい気持ちと、恐れがせめぎ合う。
手の中のファイルが微かに震えた。
彼がお兄さんだとしたら。
あのときの処置は、たしかに命を繋いだ。
しかしそれは治癒ではなく、猶予でしかなかった。
そして、その効果が永遠でないことも……。
耳の奥に、遠い日の怒声が響いた。
『バカ娘がっ! これは医療じゃない……冒涜だ!! 命を弄ぶな!!』
頬に走った痛み。
震える手。
父親に頬をぶたれたことを思い出す。
(お父さんの云うとおりだった。わたしのしたことは、冒涜。助けたつもりで、彼を苦しめることになってるんだ……)
初恋なんて、浮ついたことを云っている場合じゃなかった。
あのときから、自分の罪はもう始まっていたのに。
葵は震える手で胸を押さえた。
その奥で、何かが崩れる音がした。
佐竹蓮。
その名を声に出すことができなかった。
彼は強いのではない。
誰よりも脆いのだ。
常人が平然と吸う空気さえ、彼には致死の毒となる。
ページを閉じる音が、部屋の静けさをわずかに揺らした。
目を上げたとき、馬渡の表情は変わらなかった。
だがその沈黙の奥に、
それでも彼は歩みを止めなかったという誇りが見えた気がした。
(……だったら、わたしが止める。
この拒絶の鎖を、必ず解いてみせる)
葵は深く息を吸った。
ファイルを胸に抱え、その瞳に新しい光が宿る。
それから数日後。
その報告書の一部は、理事会資料として提出されていた。
調和部門統括・馬渡遼の名を冠した、倫理監査付属報告として……。