暁に星の花を束ねて

ルミナリウム・ガーデン


入社式を無事に終えた葵はある場所に向かっていた。

五ヘクタールもの広大な敷地に広がる『ルミナリウム・ガーデン』。

世界中から集められた数万種の植物が四季を織り成し、メガシティ・トーキョーの喧騒から切り離された“最後の楽園”と謳われていた。

だが、その最奥。

資材置き場と肥料庫の裏手。
誰も足を向けない片隅に、錆びついた小さな扉がひっそりと息を潜めている。

《立入禁止区域 関係者以外立入厳禁》

その先にあるのは、わずか十二坪(約四十平方メートル)の小さな温室。
長辺ですら八メートルに満たず、まるで朽ちかけた礼拝堂のような静謐な空間だった。

天井はアーチ状にわずか五メートルほど。
ナノガラスのドームは外光を柔らかく透過し、春の光だけが淡く降り注いでいる。

法外な地価が跳ね上がるこの都市で、葵は亡き父・善一の遺したこの小さな庭を、たった一人で守り抜いてきた。

今はスクナヒコナ・テクノロジーズ所有となっているが、葵は入室を許可されている。

気温二十四度、湿度六十五パーセント。
古びた環境制御システムはかろうじて息を繋ぎ、この温室だけが、季節から取り残されたように静けさを保っている。

そして今、温室の中央にある小さな花壇で。
彼女の研究花《ステラ・フローラ》が静かに星のような光を湛えて咲いていた。

ナノマシンによる汚染を中和する、奇跡の花。

それはかつて医師だった父が、貧しい人々のために度々用いていた薬草でもあった。

「今日も元気だね。よかった」

錆びた鍵を開け、小さな温室に足を踏み入れる。
星型の花弁はその名のとおり、まるで小さな星々がこの空間に息づいているかのようだった。

蛇口に繋いだシャワーを手に、水やりを始めようとしたその瞬間——。

葵の身体が強張る。

(……誰?)

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