暁に星の花を束ねて
議題一:後継問題


「第一議題。後継候補・少名彦凛翔氏の暫定承認について」

進行係の声が静かに響いた瞬間、室内の空気が硬直する。
理事たちの視線が、ほぼ一斉に佐竹へ向かった。

まるで次に発せられる言葉を全員が待っているかのようだった。

だが佐竹は何も云わなかった。

ただ資料から目を外さず、手元の端末に指を置いたまま、沈黙。

その沈黙こそが、誰よりも雄弁だった。

隼人が緩やかに口を開く。

「……佐竹部長。何か異議が?」

一拍置いて、低い声が空気を裂く。

「いいえ。異議ではありません。ただ一言だけ申し上げたい」

その声音は冷たく静かでありながら、理事会という名の密閉空間の底を撫でるように響いた。

抑揚は穏やかだが、聞く者すべての神経を捕らえる声。

「現場では、ナノ毒抑制酵素のデータ流出が続いています。
その監査が完了する前に後継を決めるのは、手順として危うい。
誰が座っても、椅子そのものが腐っていれば意味はない」

会議室の空気が、一瞬で変わった。

ペンが落ちる音がひとつ。
誰かの咳払いがその場を裂き、すぐに消える。

何かが軋む音。

それが、組織という巨大な装置の軋みそのものに思えた。


< 130 / 195 >

この作品をシェア

pagetop