暁に星の花を束ねて

揺れる均衡




「佐竹部長、それは……CEOを侮辱しているのか?」

老練の理事が唇を吊り上げた。
挑発のような響きに、場の空気がぴり、と震える。

「いえ。企業を案じての発言です」

即答。

その声に曖昧さは一切なかった。
理路整然、感情を削ぎ落とした刃のような声。

その瞳には一片の迷いもない。

静かな眼差しの奥に宿るのは、警戒ではなく確信だった。
理想を口にする者の虚勢ではない。

現実を知ったうえで、それでも理想を選ぶ者の重さがあった。

場の緊張を断ち切るように、戦略企画課長・朝倉楓が口を開く。

「……十年前の隔壁事件を、覚えておられますか?」

彼女の声は柔らかく、それでいて凍りつくように澄んでいた。
何人かの理事が顔を上げる。
その名を出すことが、いかに重い意味を持つかを誰もが知っていた。


< 131 / 195 >

この作品をシェア

pagetop