暁に星の花を束ねて
「何をしている……っ!!」

父親、善一が葵の肩を突き飛ばし頬を強く打った。

「バカ娘がっ! これは医療じゃない……冒涜だ!! 命を弄ぶな!!」

床に倒れ彼女は嗚咽をこらえた。

「……ごめんなさい……でも……生きて……てほしかった……の……」

父は黙り込んだ。
そして深く息を吸い込み言葉もなく器具を取り、処置が終わったのは夜が明ける直前だった。

内臓や神経をズタズタに引き裂いたはずの微細ナノ毒。
なんらかの大きな衝撃と共についた大きな背中の傷。

初見で見捨てられたはずの青年は息を吹き返し……そして数人が診療所に運び込まれたうち、助かったのは結局、彼ひとりだけだった。

わずかに動く唇。
見開かれた目が、微かに彼女を見つめる。

「……君、が……?」

葵は言葉もなく、こくりとうなずいた。

黒曜のような瞳。
息が詰まりそうだった。
まっすぐに見つめられるだけで、心臓が音を立てて跳ねた。

「ありがとう」

声は静かに夢の終わりのように響いた。
名前も素性も何も告げず──彼はただ、朝靄の中に消えていく。

振り返ったその横顔だけが夢のように焼き付いていた。

──眠っている葵の唇が動いた。

「……お兄さん……」

薄く開いた唇からこぼれた声。
心の奥にずっと棲んでいる初恋の人。
名前も知らず、ただ一度、命を通して触れ合ったあの人。
それが誰だったのかも知らぬまま。

(今も……ずっと……)

あのときの手の温度も目の奥の光も、まだ胸の奥で生きている。
それが誰だったのか。
気づくわけもなかった。

しかし。

その記憶は葵がまだ知らぬままの現在を静かに、確実に動かしていた。


< 16 / 197 >

この作品をシェア

pagetop