暁に星の花を束ねて
「何をしている……っ!!」
父親、善一が葵の肩を突き飛ばし頬を強く打った。
「バカ娘がっ! これは医療じゃない……冒涜だ!! 命を弄ぶな!!」
床に倒れ彼女は嗚咽をこらえた。
「……ごめんなさい……でも……生きて……てほしかった……の……」
父は黙り込んだ。
そして深く息を吸い込み言葉もなく器具を取り、処置が終わったのは夜が明ける直前だった。
内臓や神経をズタズタに引き裂いたはずの微細ナノ毒。
なんらかの大きな衝撃と共についた大きな背中の傷。
初見で見捨てられたはずの青年は息を吹き返し……そして数人が診療所に運び込まれたうち、助かったのは結局、彼ひとりだけだった。
わずかに動く唇。
見開かれた目が、微かに彼女を見つめる。
「……君、が……?」
葵は言葉もなく、こくりとうなずいた。
黒曜のような瞳。
息が詰まりそうだった。
まっすぐに見つめられるだけで、心臓が音を立てて跳ねた。
「ありがとう」
声は静かに夢の終わりのように響いた。
名前も素性も何も告げず──彼はただ、朝靄の中に消えていく。
振り返ったその横顔だけが夢のように焼き付いていた。
──眠っている葵の唇が動いた。
「……お兄さん……」
薄く開いた唇からこぼれた声。
心の奥にずっと棲んでいる初恋の人。
名前も知らず、ただ一度、命を通して触れ合ったあの人。
それが誰だったのかも知らぬまま。
(今も……ずっと……)
あのときの手の温度も目の奥の光も、まだ胸の奥で生きている。
それが誰だったのか。
気づくわけもなかった。
しかし。
その記憶は葵がまだ知らぬままの現在を静かに、確実に動かしていた。
父親、善一が葵の肩を突き飛ばし頬を強く打った。
「バカ娘がっ! これは医療じゃない……冒涜だ!! 命を弄ぶな!!」
床に倒れ彼女は嗚咽をこらえた。
「……ごめんなさい……でも……生きて……てほしかった……の……」
父は黙り込んだ。
そして深く息を吸い込み言葉もなく器具を取り、処置が終わったのは夜が明ける直前だった。
内臓や神経をズタズタに引き裂いたはずの微細ナノ毒。
なんらかの大きな衝撃と共についた大きな背中の傷。
初見で見捨てられたはずの青年は息を吹き返し……そして数人が診療所に運び込まれたうち、助かったのは結局、彼ひとりだけだった。
わずかに動く唇。
見開かれた目が、微かに彼女を見つめる。
「……君、が……?」
葵は言葉もなく、こくりとうなずいた。
黒曜のような瞳。
息が詰まりそうだった。
まっすぐに見つめられるだけで、心臓が音を立てて跳ねた。
「ありがとう」
声は静かに夢の終わりのように響いた。
名前も素性も何も告げず──彼はただ、朝靄の中に消えていく。
振り返ったその横顔だけが夢のように焼き付いていた。
──眠っている葵の唇が動いた。
「……お兄さん……」
薄く開いた唇からこぼれた声。
心の奥にずっと棲んでいる初恋の人。
名前も知らず、ただ一度、命を通して触れ合ったあの人。
それが誰だったのかも知らぬまま。
(今も……ずっと……)
あのときの手の温度も目の奥の光も、まだ胸の奥で生きている。
それが誰だったのか。
気づくわけもなかった。
しかし。
その記憶は葵がまだ知らぬままの現在を静かに、確実に動かしていた。