暁に星の花を束ねて
公安の男は苦い顔をした。

「相変わらず汚ねえな。だが痕跡が残ってるなら追えるだろ?」

片岡は首を横に振った。

「……いいえ。骸隠は抹消前提で動く部隊です。
痕跡は残っているようで、どれも辿れない」

その声には悔しさと警戒が滲んでいた。

「ただひとつだけ確かなのは」

片岡は破壊された拘束装置を見つめた。

「今回の狙いは星野葵さん。
そして佐竹部長を動かすことだった」

公安の男が目を細める。

「……なんだそれは」

「佐竹部長がどこまで動くのか、どこまで削られるのか。その反応を測っていたんでしょう」

場の空気が凍りついた。

「部長さんの状態を探ってたってことか?」

片岡は短く頷いた。

「はい。ナノ毒がどれほど進行しているのか。
どれほど葵さんに依存しているのか。
どれほど危険か。
全部……奴らに見られていた可能性が高い」

公安の男は顔をしかめ、煙を吐くように言った。

「あいつら、戦争する気か?」

片岡は答えない。ただ一言だけ。

「わかりません……。ですが今は佐竹部長と星野研究員を、最優先で保護するべきです」

非常灯が低く脈を打つ廃棄施設の中で。
GQTという巨大な影が静かに、確実に迫りつつあった。


「それにしてもナノ毒ってナノ物質だろう? なんでこの無効化フィールドってのが通しないんだ?」


公安の男は、焼けた拘束台を睨みつけるように見つめながら、低く吐き捨てた。

「無効化フィールドが効かなかったのは、ナノ毒が普通の物質じゃないからです」

「どういうことだ?」

「使われていたのは生体情報を読み取り、学習しながら性質を変える自己適応型ナノ毒でした。
ただの粒子じゃありません。命令を持った構造体です」

片岡は焼け焦げた配線を見つめた。

「外側から遮断する前提のフィールドでは、通用しないんです。
止めるには内側から命令を書き換えるしかなかった」

公安の男が息をのむ。

「ふむ……」

公安の男は顎に手を当て、破壊された制御核と焼けた配線、そして床に残る黒い粉末を順に見下ろした。

「なるほどねえ。なんにしても、ナノ毒との戦いは続くわけだな」

片岡何も答えなかった。
赤い非常灯が、沈黙する廃棄施設を脈打つように照らしている。

そしてその光の中で、誰もが悟っていた。

まだ、終わっていない。

< 165 / 198 >

この作品をシェア

pagetop