暁に星の花を束ねて
「おまえには、おれを名前で呼ばせて……。
温室でおまえがおれに向けて、ばかと云ったときの顔。
忘れるつもりでも、忘れられなかった」


佐竹の声音は淡々としているのに、そこに隠しきれない温度があった。

思い出すように目を細める仕草が、ほんの少しだけ照れているようにも見えた。

その変化に気づいた瞬間、葵の心臓が一気に跳ね上がる。
想いが脈打つように静かに、しかし確かに満ちていく。



『呼び方、他とちがうもん。それ絶対、特別扱いされてるって!』



結衣の言葉が、胸の奥で弾ける。
熱が頬からじんわりと広がっていくのが、自分でもわかった。



「……!! な、名前って……ほ、本当に、そういう意味だったんですか……!? 」



葵の頬は一瞬で紅潮し、さらに耳まで熱が走った。
胸の奥がきゅっと縮まり視線が揺れる。
怒りでも羞恥でもない。
泣き出しそうなほど嬉しくて、くすぐったくて、どうしようもなかった。

佐竹はそんな葵の表情を静かに受け止めていた。


「あれが、おれが生きていると感じた瞬間だった」


佐竹は思いだし可笑しそうに笑った。
そして葵をじっと見つめた。


「心残りがあるとすれば──。
おまえの感触や温もりが、わからない。それだけが残念だ」

「……! そんな、のっ……!!」


葵は震える手を伸ばし、彼の頬に触れた。

「佐竹さん、死なないで。わたしのために、みんなのために死なないでください! わたしの初恋の人……っ」

佐竹は静かに目を細めた。


「おまえがそう云うのなら……もう少し足掻いてみるのもいいのかもしれないな」


葵が涙をぬぐいながら微笑んだ姿を見つめ、佐竹は再び口を開く。


「おまえと花を守るつもりで入社させて……入社式の最中も、温室でも。
おまえから目が離せなかった。ようやくおまえが近くに来たとな」

「え……っ!?」


葵の顔は再び、一瞬で真っ赤になった。

葵は口元を押さえ、信じられない。
でも嬉しい、そんな表情で佐竹を見つめた。


「じゃ、じゃあ……っ!
お、温室で……どうして、あんなに怒ったんですか!? 
運が味方とか……無自覚とか、いろいろ……!!」


佐竹は、わずかに目をそらし──
珍しく言葉を探すように沈黙した。


「鍵のことも……ある。
だが、それだけじゃない」

「……?」

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