暁に星の花を束ねて

託すという決断


SHT本社戦略統括本部 副制御室。

病院から戻った佐竹が片岡と二人で会話している。

「星野葵の誘拐ではっきりした。おれと彼女の接点を知る者だ」

淡々と告げながら佐竹は端末のログを閉じた。
その黒い瞳には、怒りよりも冷徹な確信が宿っていた。

片岡は息を呑む。

「ということはやはり内部の……」

「内部だけとは限らんが、社内の一部には確実に情報が漏れている。
それも、十年前のセクションDの記録にアクセスできる立場の者だ」

一瞬、空気が沈む。

十年前。

その言葉が片岡の背筋を強張らせた。

佐竹は続けた。

「……また動きはあるだろう。その時は片岡。おまえが動け」

片岡の胸がどくりと鳴る。

「私が……?」

「そうだ。
おれでは届かない場所があるが……実際おまえの視点なら、拾えるノイズがある。
おまえは、あの冤罪事件の時から変わった。
判断も、目も、甘さも捨てた」

片岡ははっと息を吸った。
佐竹が、あの事件を、自分の最も悔いる瞬間を覚えていたのだ。

「……部長」

「星野葵を見つけるのは、おまえの役目だ。
戦略部門の未来も、だ」

深い黒の瞳が片岡を真っすぐ射抜いた。

その瞬間、片岡は悟った。
佐竹蓮は自分を外すのではなく託したのだ。

「了解しました。必ず」

静かだが決意の滲む声で、片岡は頭を下げた。
その背後で、通信卓が小さく震え、次の異常ログが浮かび上がる。


始まった。
そんな予感が副制御室の空気を引き裂いた。


片岡が去ったあとの副制御室には、しばしの静寂が落ちる。
佐竹はただひとつのログを見つめていた。


内部アクセス 未特定経路


その一行を閉じる指先が、わずかに震えた。

彼は自分の役割がもう長く続かないことを知っていた。
だが、それを悟った者はこの時いない。


ただ一人、彼以外を除いて。


佐竹は片岡に指揮権を代行させる未来が、実はすぐそこまで迫っていることを察していた。

その予兆に気づけなかった者たちは、ほんの数時間のうちに、自分たちの世界の重心がずれていたことを知る。


SHT戦略部門本部長・佐竹蓮、逮捕。


静かに、しかし確実に世界は軋み始めていた。


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