暁に星の花を束ねて

空白の花弁

ルミナリウム・ガーデンの扉が勢いよく開く。

奥にある白い光に包まれた温室は、ステラ・フローラの微かな香りに満ちていた。


その中央。
小さな木製テーブルの上に、ぽつんと置かれた古い端末。


葵は駆け寄り、震える両手で掴んだ。


「これです!! 佐竹さんが、ここでいつも使っていた端末!!」


追いかけて入ってきた片岡が、息を整えながら言う。


「星野さん。操作を」


葵はうなずき、急いで起動させる。
古い機体は低い駆動音を響かせ、画面が青く明滅した。


指先が思うようにいうことをきかない。
力を込めようとしても、うまく入らない。

息を吸うたびに胸の奥が軋んだ。
背後の気配が、やけに遠い。

端末を開く。
冷たい光が指の輪郭を照らした。

ひとつ、深呼吸。
そして、ゆっくりと文字を打ち込む。


「……AOI」


かすれそうな声でつぶやく。

一拍。
二拍。

ピッ──。

短い電子音とともに、世界が息を止めた。

黒かった画面に、白い光の筋が走る。
ロックが、ほどけていく。

開く。

そこにあった言葉は、ただひとつ。







『Be happy AOI』








それだけだった。

「……え……うそ……?」

膝から力が抜け、ペタンと崩れ落ちた。

「どうして……どうして……!!」

涙が床に散る。
喉の奥が締めつけられ、声が出ない。

「なんで……なんで、幸せであれなんて……! そんなの……そんなの、まるで──」

遺書みたい──と言葉にできなかった。




< 181 / 195 >

この作品をシェア

pagetop