暁に星の花を束ねて
誘導と真相
片岡は戦略棟へ戻り、葵はラボに駆け込んだ。
無菌ランプの白光が、夜のように冷えた実験室を照らしている。
葵はキャビネットから試薬を取り出し、震える指でピペットを握った。
「星野研究員……本当に、やれるのか?」
篠原蒼司課長が問う。
いつもは豪胆な現場派の課長が、今は声を潜めている。
「やらなきゃいけません」
葵は短く返し、集中するように唇を噛んだ。
ステラ・フローラの採取片。
アンチナリア・シードの再精製。
そして佐竹の血を吸った、あの異常変化個体から得られた微量の残渣。
葵はそれらを慎重に並べ、配列を整え、交互に照らす。
(お願い、応えて)
しかし実験値は残酷だった。
分解酵素が安定しない
ナノ毒耐性因子を保持できない
抽出液が数分で変性する
どの組み合わせも、臨界値に届かない
「……また、だめ……」
小さな呟きが漏れた。
すぐ背後で、八重樫課長が静かにモニターを閉じる。
「星野さん。焦りは毒よ」
「わかっています。でも……」
葵の声は細く揺れた。
同じ頃──
調和棟・ステラ・フローラ室。
無菌ランプの白光だけが揺れる静寂の中、
葵はシャーレを覗き込みながら、
呼吸するたび胸の奥がひりつくのを感じていた。
混ざり合わないはずの数値。
微妙にずれる反応時間。
計算式の歪みの原因がどうしても掴めない。
(……違う。何かが、抜けてる……)
一瞬、手が止まった。
その隙間に。
どこからともなく、あの低い声が蘇る。
脱走直後の公園で──
『我々は敵だけでなく、味方すら管理する。
敵も味方も、潰し合いだ』
(佐竹さん)
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように痛む。
(佐竹さんは、ずっと前からわかっていたんだ。
味方が味方じゃなくなる瞬間があるって。
そんな場所で……
ずっと、一人で戦ってきたんだ)
震える指を、葵は握った。
(わたしは知らなかっただけ)
ステラ・フローラの揺らぎが、
まるで葵の脳裏に浮かぶ影と光を映すように
静かに鼓動していた。
「佐竹さんはナノ毒の後遺症で、もう限界のはずです。もう術はないかもしれない……それでも、あの端末に残されたメッセージと指令書。彼の覚悟に答えないといけません」
言葉が震えた瞬間、棚の上に置かれたステラ・フローラが光を揺らした。
温室で光を宿したときと同じ、あの弱く温い脈動。
葵の瞳がかすかに見開く。
「……ステラ……」