暁に星の花を束ねて
それが最初の見逃しだった。


テストユニット3の床下より、ナノ粒子状の不審反応が検出された。


その濃度は規定値の512倍。


しかも拡散は加速度的で、わずか数十秒で警戒域全体
を覆い尽くす。


緊急封鎖装置が作動する……はずだった。


警告灯が灯るより早く、防衛システムのセーフラインはすでに無効化されていた。


誤作動という言葉では到底ごまかせないほど、あまりにも手際の良い無力化だった。


誰かが意図的に手を加えたのだ。
その誰かの名前は記録には残されていなかった。


音もなく毒は拡がる。


最初に崩れたのは技術補佐の女性だった。


吸引された因子は肺胞を焼き、血中へ侵入。
中枢神経を侵されるまでに、かかった時間はおよそ三十秒。

彼女は声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。


その手からタブレットが無造作に滑り落ちる。
その小さな音が、最初の死の記録となった。


次いで主任技師が倒れる。


どこかの回線を切り損ねたのか、それとも逆だったのか。
彼の手が触れていた端末には最後まで「停止」の記録は入力されていなかった。


拡散が始まる十分前。
端末ログには、通常アクセス権限を持たない若年者IDからの「閲覧のみ」の痕跡が残っていた。


短い、しかし妙に的確な時間帯だった。


そのIDの持ち主が誰なのか。
当時それを気に留めた者はいなかった。

そして監視カメラが最後に捉えたのは、若い男の姿だった。


戦略部門の研修員、佐竹蓮。
当時22歳。


彼は偶然、その場にいた。
偶然とは時に最も周到な意図の隠れ蓑である。


研修の名目で派遣された彼は「リスク管理」の実地を学ぶはずだった。
しかし彼がその目で見たものは、管理などとはほど遠い計画的な地獄だった。


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