暁に星の花を束ねて

星と影

午後一時過ぎ。

旧棟から遠く離れたスラム街の外れでは、いつも通りの時間が流れていた。

舗装もされていない路地には粉塵が舞い、違法な拡張ケーブルが無数のツタのように絡みついている。

安酒と汗と機械油の混じった匂いが漂い、風は吹かず、空は色を失っていたが、そこに暮らす人々は気にも留めず生きていた。

彼らにとって、それが日常であるというだけの話だ。

その一角に、ぽつんと佇む私設診療所があった。

鉄屑と廃材に囲まれながら、まるで意地でも孤高を保とうとするかのように、温室付きのその建物は沈黙をまとっていた。


星野善一(ほしの ぜんいち)。
五十代半ばの医者である。


都市の大病院でキャリアを積んだはずの医師が、なぜこんな辺境で落ちぶれたのか。
その理由を知る者は少ないし、知っていても口に出す者はさらに少ない。


彼は時折こう呟く。


「医療にとって最も不都合なのは、死でも失敗でもない。経済だ」と。


それは、かつて都市中枢の大病院で 臨床毒性学(ナノ毒性学)を専門とした男の、ひどく現実じみた呟きだった。


それが真理か皮肉かはさておき、今日も彼は満床のベッドに次々と診断結果を投げ込んでいた。

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