暁に星の花を束ねて
暁に星の花を束ねて
椅子に残る影
CEO執務室。
床から天井まで伸びるガラスの向こうに、夜の摩天楼が広がっていた。
光の海を見下ろすようにして、少名彦隼人は執務用チェアに深く腰を沈めている。
ネクタイは外され、ジャケットもない。
しかしその背中には、なおこの部屋を支配していた頃の残響があった。
扉が閉まる音がする。
佐竹蓮は無言で数歩進み、机の手前で足を止めた。
隼人は振り返らず、窓の外を見たまま低く云う。
「満足か、佐竹」
佐竹は即答しない。
一拍置いて、淡々と云った。
「いいえ」
その返事に隼人の口元が、わずかに歪む。
「理事会はおまえを選び、私は更迭、退任だ。
それで満足ではないと?」
「勝ち負けの話ではありません」
佐竹は視線を逸らさない。
「あなたが自ら壊した統治の後始末を、理事会が選択しただけです」
短い笑い声。
「相変わらずだな。感情を語らず、正論だけを突きつける」
「感情で会社は救えません」
隼人は椅子を回し、佐竹を見る。
「……おまえはいつから、この椅子を意識していた?」
「あなたがセクションDでのことを、容認した時からです」
空気が、はっきりと重くなる。
「そして、椅子そのものではありません」
佐竹は続ける。
「人を切り捨て、その事実をなかったことしたことを知った時。この会社は、トップの判断ひとつで人を救いも殺しもする場所だと理解しました」
「それが経営だ」
「承知しています」
佐竹は一拍置く。
「同じ選択をする場面も、私にはあるでしょう。
ですが、犠牲を無名にはしません」
隼人は鼻で笑う。
「甘いな」
「ええ。ですが、その甘さを引き受ける覚悟がなければ、この椅子には座れない」
沈黙。
摩天楼の光が、二人の影をガラスに映す。
やがて佐竹が、静かに云った。
「私は、あなたから経営と、トップとしての在り方を学びました」
隼人の指が止まる。
「利益の守り方。
情報の切り捨て方。
沈黙が命令になること。
そして。トップは、必ず誰かに憎まれるということも」
「感謝か?」
「いいえ。事実です」
佐竹は続ける。
「あなたが教えたのは正解ではありません。
選択の重さです」
隼人は目を伏せる。
「多くを救うために、少数を切る。
企業を生かすために、個人を犠牲にする」
「それが現実だ」
「ええ。だからこそ、学びました」
佐竹ははっきりと云う。
「その判断を下した後、眠れなくなる覚悟を持てるかどうかを」