暁に星の花を束ねて
その場に残されたのは、静まり返ったルミナリウム・ガーデンだけだった。

人の気配が遠ざかり、さきほどまで確かに交わされていた視線や評価も、朝の空気に溶けて消えていく。

夜は、役目を終えつつあった。

照明は落とされ、温室へと続く通路にわずかな白い靄が流れ込む。

社としての時間が終わり、個としての時間が静かに始まろうとしていた。

夜の名残が、薄れてゆく。

群青色だった空は、ほんの少しずつ桃色に滲み、ガラスの天井越しに星がひとつ、またひとつ消えていった。

温室は白い霧に包まれている。
ステラ・フローラの葉が、微かな気流に揺れていた。

その静けさの中に、佐竹蓮と星野葵は立っていた。

朝の訪れを待つように。



「佐竹さん……」



腕のなかの葵が名を呼んだ。
薄いコートの袖を握りしめ、柔らかく微笑んでいる。

彼は一瞬だけ目を細めた。



「日の出まで、あと数分だ」

「……ええ。今日の暁は、きっと綺麗です」



葵はステラ・フローラに手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、花弁が淡く光を帯びる。

星のように揺らめく光が、ふたりの間に静かに広がっていった。
花束のように。

佐竹はその横顔を見つめたまま、低く云う。



「おまえがいたから、生きて戻れた」



葵は小さく首を振った。



「わたしのほうこそ……
あなたが生きていてくれて、それだけで……」



声が震れ、言葉が途切れる。
視線を落としたその瞬間、佐竹は彼女の手を包んだ。


かつてナノ毒で変質していた手。
完全には消えていない。
しかし薄れつつある。
今は、やわらかな温もりだけがそこにあった。


葵は息を呑み、目を見開く。



「治ってきましたね」

「ああ。おまえが救った」



ほんの少しだけ、佐竹が笑った。
誰にも見せたことのない、静かな微笑だった。

その刹那。

ステラ・フローラが、眩いほどの光を放つ。
星屑のような粒子が舞い上がり、温室を満たしていく。



「……綺麗……」

「暁が来る」



東の空が開き、最初の光が差し込んだ。
夜明けの光と、ステラの星色の光が重なり合う。

佐竹は、葵の手の上から花弁をそっと束ねる。



「星野葵」
「はい」


二人の指が、絡んだ。


未来へ向かうための、新しい歩み。


そして、二人の影はひとつになった。


暁の風が吹き抜け、束ねられた花が淡く揺れた。

暁の星々は、ふたりを照らしている。
星空はまた変わる。


その時までは──
手を繋いで。





















『暁に星の花を束ねて』終わり
2025.12.26.
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