暁に星の花を束ねて
夜の静けさが、マンションの窓辺にゆっくりと降りていた。


佐竹の部屋は相変わらず整然としていて、無駄がない。
無機質で、静かで、彼らしい空間。


その中で――


「れん、あのね……」


葵は少しだけ迷ったように視線を泳がせてから、控えめに笑う。


「お部屋にお花、置いてもいい?」


佐竹は一瞬、目を瞬かせた。
 


「花?」
「うん。でもこの部屋、きれいだから……わたしが手を入れてもいいのかなって思って……」


そんなことはない、と即答しかけて言葉を飲み込む。

佐竹は葵をじっと見た。
たまらなくいじらしさを感じ、視線を外す。



「……いいに決まってるだろう」


低く響く声。
彼は立ち上がり、ゆっくりと葵に歩み寄る。


「ここは、おまえの場所なんだから」


葵の目が、ぱっと輝く。


「……ほんと?」
「ああ」


すると彼女は嬉しそうに窓際へ歩いていき、手を広げる。


「ここ朝の光がきれいだから……きっと、色んな子が喜ぶかなって」


その様子を見ていた佐竹が、ふと呟く。


「……なら」
「?」
「そこに温室、作るか」


葵は一瞬、言葉を失った。


「……え?」
「そこの部屋は空いてる。おまえが世話できるくらいの温室に改装できるだろう」


まるで、当たり前のように。


「おまえは研究員なんだ。自宅に温室があってもおかしくない」
  

言葉が止まった静けさが胸の奥まで染み込んだ、そのとき――


「……れん……っ」


葵が佐竹に走り寄り、彼の両手をとると握りしめる。


「嬉しい!! ありがとう……っ!」


目が潤んで、声が震えていた。
佐竹は少し困ったように眉を寄せる。


「……そんなにか」
「だって、ここに、一緒にステラも暮らせるんですよ……!」


嬉しそうな葵。
佐竹はそっと近づき葵の頭に手を置いた。
そしてそのまま吸い寄せられるように、彼女の髪に鼻先を寄せる。


「最初から、ここはおまえの場所だ」


静かな声。
しかし揺るぎがなかった。
葵はそのまま、彼の胸に額を預ける。
シャツ越しに伝わる体温と、佐竹特有の清涼感のある香水の奥に潜む、男の匂い。


「ありがとう……わたしのだいすきな、れん……」


佐竹は小さく息を吐いて、彼女を抱き寄せた。


「……そういうことを簡単に云うな」


葵の唇を見つめる佐竹。
喉を鳴らし目を背ける。
不思議そうに首を傾げる葵。


「?」
「……嬉しくて、どうしていいかわからなくなる」


その声はひどく優しかったが、今まで以上に触れたい衝動を理性で押しとどめるのは、思ったよりずっと難しかった。

窓の外で街の灯りが静かに瞬く。
そこに新しい居場所が生まれた夜だった。
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