暁に星の花を束ねて
影班─『扇』
公園を後にした佐竹は、無駄のない歩幅でSHT方面へと進む。
ビルの影、人気のない裏路地にさしかかった時。
頭上でわずかに光が反射した。
人影が動いたかと思う間もなく、殺気だけを残して鋭い刃が無音のまま降り落ちる。
──しかし。
それは音もなく影に呑まれ、何事もなかったかのように静かだった。
まるで最初から死など存在しなかったかのように、空気はひっそりと澄み渡っていく。
佐竹は気にも留めず立ち止まることなく、ふと予定調和のように名を呼ぶ。
「……玉華(ぎょくか)」
その声は風に溶けるほど静かだったが、不思議と場のすべてを制圧するような冷ややかさを帯びていた。
次の瞬間、彼の背後に影が滑り落ちる。
黒いナノファイバースーツに身を包み、漆黒のフルフェイスマスクで素顔を隠したくノ一──朧月玉華(おぼろづき ぎょくか)。
彼女は佐竹が密かに擁する私設集団《扇(おうぎ)》のリーダーである。
SHT化にセキュリティ部門はあるが、その中でも《扇》は『特別案件課』に属する表舞台には決して現れない影の部隊。
企業内の政敵排除から極秘任務、対テロ制圧まで、裏の汚れ仕事を一手に担う精鋭たちだ。
その中でも玉華は単独で一個小隊に匹敵すると恐れられ、比類なき戦闘能力を誇る。
降り落ちた刃は、すでに彼女が抜き放った《影切(かげきり)》によって打ち払われていた。
続けざまに迫る刺客は一太刀で喉元を断たれ、苦悶すら許されず沈黙の影と化す。
しかし、それだけでは終わらない。
周囲の高架の梁、ビルの屋上、排気口の奥。
すでに《扇》の影たちは、この場所一帯を無音のうちに包囲していた。
気配はない。
足音もない。
ただ存在しないはずの殺気だけが、どこまでも静かに満ちていた。