暁に星の花を束ねて
佐竹は歩みを止めない。

「追跡者はどうした」

「始末しておきました」

玉華は短く答え《影切》を静かに鞘に収める。
その手には血の一滴すら残らない。

「結構。温室の侵入者排除、入社式のテロ阻止……ご苦労だった」

佐竹は視線を前に向けたまま、迷いなく歩み続ける。

「ありがたき幸せ」

「詳細は?」

「紅蓮院宗牙率いる《骸隠(むくろがくれ)》で間違いありません」

その報告を聞き終えた佐竹は、手にしていた紙コップをゆっくりと握り潰す。

黒革の手袋越しに紙は音もなく歪み、そのまま無造作に近くのゴミ箱へと放られる。

「飽きもせず、芸がない連中だ」

その背は街に溶けていく。

玉華は無言のまま手元でわずかに指をひねる。

それは《扇》にとって完全撤収の合図だった。

一瞬、世界が息を潜めたような沈黙が訪れる。

次いで高架の梁から、屋上の影から、通気口の奥から──。

《扇》の影たちは、まるで最初から存在しなかったかのように、一糸乱れぬ動きでその場を離れていく。

誰一人、足音を残さず。
振り返る者もいない。

数秒前まで完全な包囲網が敷かれていたはずのこの場所には、もはやただの静寂だけが残されていた。

朧月玉華もその場に残ったわずかな気配すら断ち切るように、音もなく闇の奥へと消えていく。

残されたのは冷えた空間と、誰にも気づかれぬまま消えた死の影だけだった。


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