暁に星の花を束ねて
馬渡は小さく笑った。

それは冷笑でも嘲りでもなく、どこか柔らかく、しかし観察者としての距離は保ったままの微笑だった。

「安心したまえ、私は倫理にはそれなりに忠実でね。無断で切り取ったりはしない」

「……それなりに、が少し気になりますけど」

葵が唇を尖らせると、ステラ・フローラの導管がふたたび微かに脈を打った。
どこかリズミカルに、まるで笑うように。

馬渡がガラスに映るその脈動を見つめながら、ふと呟いた。

「君のような人材が今、この会社にいるということ。世界にとって非常に興味深い材料になる」

「そんな……大げさですよ」

再び突っ込みかけた葵だったが、馬渡の目が真剣な光を宿しているのを見て、口を噤んだ。
彼の視線の先には、ただの花ではなく、未来への鍵を宿した生体装置があった。

「慎重に研究を続けてくれたまえ。……そして、くれぐれも不用意に目立たないように」

静かな声だったが、そこには確かな警告の響きがあった。
誰かに狙われる可能性すら、彼の視野には含まれているのだろう。

「はい、気をつけます」

葵が軽く頭を下げると、馬渡はふたたび柔らかく微笑んだ。

「調和部門という温室が、君と君の花を守ってくれることを祈ろう。もっとも温室は、ときに風にも弱い」

そう言い残すと馬渡は踵を返してブースを後にした。
背中越しに白衣の裾がふわりと揺れる。

静けさが戻った空間の中で、ステラ・フローラがそっと花弁を揺らす。
それはまるで、去っていく彼にそっと手を振っているかのようだった。
そして葵の胸の奥で芽吹いた不確かな不安に、寄り添ってくれるかのようでもあった。

温室を去った馬渡は、統括室でとあるアンプルを手にしている。

「彼を守る唯一の物……。いつまで続ける気なんですか、きみは……」

それは葵の鼻に残っている、佐竹から香った金属の香りが漂っていた。





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