暁に星の花を束ねて
「でさ、葵ちゃんってさ――彼氏いないの?」

結衣は唐突に真顔で問いかけ、口にしていたフォークを軽く揺らす。

「……いないよ」

スープをすする手を止めずに答えた葵に、結衣はぱっと笑顔をはじけさせた。

「そっか、じゃあ今からつくろうねっ。あたしもいないし、ちょうどいいや」

「そんな簡単なものじゃないと思うけど……」

「いやいや、恋って案外そういうもんなんだよ? びびっ!て来たら、もうアウト! その時点で恋愛確定!」

無邪気に笑う結衣を見て、葵は小さく息を吐いた。

云うつもりはなかった。
しかし結衣という人物を信頼している。

「……わたし、好きな人はいるんだ」

「えっ、なにそれ!? 初耳! 誰!? 社内の人!?」

「ううん。……昔、会ったお兄さん。顔も、もうあやふやなんだけど、忘れられなくて……」

葵の視線がふと遠くなる。
陽射しの中、過去の記憶が水面のように揺れていた。

「意識してる人が別にいるなら、今の気持ちは浮気になっちゃうなって……思う時もあるの」

「……ふーん」

サンドイッチを包み直しながら、結衣が呟いた。

「でもさあ。佐竹部長、超える男ってなかなかいないと思うよ?」

「えっ、なんで佐竹さんの話……」

「ほらそれ。佐竹さんなんだね〜。呼び方、他とちがうもん。それ絶対、特別扱いされてるって!」

「ち、ちがうって! 佐竹さんがそう呼べって云ったから……」

言い訳めいたその声に、結衣がにやりと笑う。

「うんうん。そういうのが一番危ないんだよね〜。本人が自覚ないやつ!」

ふたりの笑い声が中庭にやわらかく響いた。
それは確かに、平和な時間だった。

 
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